ではいるが大そう水温が高く、北アルプスの西側、黒部五郎岳の峡谷から出る越中の黒部川は、日本海へ注いでいるが、水温が低いという川もあるが、これは私がこれから説く、川の性質の異例としておこうか。
 なぜ、日本海へ注ぐ川の方が、水温が高いのであろう。それは雪と、気圧と、地質の関係ではないかと思われる。日本の脊髄《せきずい》[#ルビの「せきずい」は底本では「せきづい」]を東北へ貫いて、地勢を裏と表に分かつ山脈へは、毎年深い雪が積もることは誰でも知っている。そして、魚野川と利根川を例としてみれば、いずれの水源地方へも毎年同じ深さの雪が積もるのであるが、越後の山の方が、南西の山よりも早く雪が解けるのである。だから、裏日本へ注ぐ川の方が、早く水が温まるわけになる。関東平野から、小野子、子持両山の峡谷を遠く北方へ聳え立つ谷川岳の南西は、七月の末、土用に入っても雪渓をキラキラと望むことができるのである。
 だから裏山、つまり越後の方に面した方の側には、さぞ深い雪が残っているであろうと想像されるが、行ってみると案外である。越後の山の雪は既に解け、頂に近い所まで水田が開けて青い稲が真夏の風に揺られている。
 これは美濃の山、飛騨の山々へ行っても同じである。
 どうして、裏側の雪が早く解けるかというのは、むずかしい問題であろう。私は、漫然と気圧の関係ではないかと考えている。同じ標高の山に積もった雪ならば、裏日本に面した土地が早く解ける。これは冬とは反対に、表山の方が初夏の頃には、東南の冷たい風を受けやすく、裏川は風陰になって気温が高いからではなかろうか。また初夏の陽《ひ》は、北へ回る関係上、裏側にはげしく当たるとも考えられる。そんなわけで、裏日本側の雪は、表側のように夏の土用が過ぎるまで、いつまでもだらだらとは残ってはいない。初夏の頃に一度解けて流れ出してしまうのを例としているのである。地質の関係もあろう。概して裏日本は山嶺近くから耕地が開け、殖林が疎らである。従って陽当たりがいい、雪が早く解けるということになる。
 ところが、表山は概して雪が深いのである。これは場所によって岩質の関係もあろうが、初夏から真夏へかけて東南の雨風を受け、頽雪《たいせつ》の状態を頻繁に起こすからである。頽雪が岩を削る力は恐ろしいもので、岩の凹みを削って谷となし、谷を掘って峡となし、永い年月働く自然の斧は、表日本
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