る。
 一益は、世にも寡聞の珍事なり、然らば貰って愛蔵することにしよう。と、鷹揚《おうよう》に答えて白木の箱を受け取った。
 そして、金色燦然、またと得がたき人形の姿を見ようとして、箱の蓋を開けると、ひどき悪臭が一益の鼻を衝《つ》いた。一益の鼻の頭は曲がらんばかりになった。
 でも、耐えて箱底を覗くと、金色燦爛などとは、まっかのいつわり。ただ、ふにゃふにゃした血みどろのような、暗紫色の塊が二つ鼻持ちならぬ悪臭を放っているだけだ。
 一益の激怒は、ここに説明するまでもない。日ごろの行状、許すべからざるものあるその上に、主たるわが輩を愚弄《ぐろう》して、かかる汚物を抱かせるとは、憎っくき下郎。直ちに、成敗。
 雀右衛門は、その場から利根河原へ曳き出されて、討ち首となってしまった。
 瀧川一益の厩橋城は、松平家が築造した現在の群馬県庁の敷地とは異《ちが》う。利根の対岸にある上石倉村の上手にある城跡がそれであるという話である。
 話はそれだけであるが、水沢観音付近の産である仙公狸は、四足動物として桁違いの欲望を起こした上に、狸に通有の洒脱味から脱線して、あまり純情であったがために、遂にはかなき最後を見た。
 爾来、狸界においては人間を恋人に持つことは、固く禁じられるようになったそうだ。
 九十九谷の※[#「豸+權のつくり」、第4水準2−89−10]は厩橋城下に起こった惨劇を知らないから、昭和の時代になっても、穴の奥に引っ込みながら、仙公狸の故郷へ帰ってくるのを待っているという。
 次に、支那には、日本の東條英機大将に似て、あまりにおのれを買い被りすぎて、友を殺し遂には自分も狸汁となって、相果てたのがある。



底本:「『たぬき汁』以後」つり人ノベルズ、つり人社
   1993(平成5)年8月20日第1刷発行
※<>で示された編集部注は除きました。
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2006年12月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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