けた。この瞬間こそ、魔性が本体を現わす時だ。一同|片唾《かたず》を呑んで小みどりを凝視したけれど、一向に太い尻っ尾が出てこない。
もっと、水をかけろ。
武士は手桶から、瀧のように水をかけたが、小みどりはやはり小みどりのままで、長く伸びている。
よほど年をへたしぶとい狸と見える。もっと、棒で叩いてみろ。
屍体の骨が折れるほど、棒で撲った。しかし、やはり人間であって、雌狸とはならない。
怪しいことだ。或いは見当違いであったも知れないが、火をかければ熱さに堪えかねて、大狸となって走りだすかも知れない。ということになって、例の如く小みどりの屍へ粗朶を積み油をかけて火を放った。
けれど、さっぱり妖物とは化さぬのである。やがて、屍も粗朶の山も、灰となってしまったのである。ところで、灰のなかを掻きまわしてみると、前回と同じように、ふにゃふにゃした一塊が、焼け残っているではないか。
もう東の空に陽《ひ》が上がった。朝の雲は静かである。
一人の侍が、そのふにゃふにゃを下駄で踏むと、前回と同じに、人間の形をなして小さなものが飛び出した。水で洗ってみたところ金色燦爛とした指頭大の、まがうかたなき男の姿、掌に乗せ、陽の光にすかしてみると、前夜離れの庭先へ忍び込んだ青年の面貌に、そっくりそのままだ。衣装から、髷の形まで。
雀右衛門は、あまりの珍事続出に、自分の膝をつねってみた。
諸君。一体これはどうしたことだろう。あるいは今われわれは、狸の怪につままれているのではないだろうか。いずれも、膝皮膚をきつくつねってみろ。
と、いうと苦労人である下僚が、
いやいやこれは有難き大恵でありましょう。天の神さまは、日ごろ吉野雀右衛門殿の慈悲を賞し、黄金象形の重宝を下し給ったに違いない。藩公に、生きた人間を奉るというのは、失礼に当たるという思し召しかも相知れません。
もっともの観察であると雀右衛門は、下僚の言葉に耳を傾けた。そこで、二つの黄金人形を錦の布に包み、香水をそそいで白木の箱に納めたのである。そして、小みどりの母に対しては娘が病死したことに告げて、過分の香料をとらせてやった。
瀧川一益の病気は、全快した。雀右衛門は例の白木の箱を捧げて藩公の膝下に伏して、過ぐる夜の狸退治の豪男物語りから、怪事続出、遂にかかる事実を入手した条を述べて、ひたすら一益の勘気平穏を乞い奉ったのであ
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