肩にしてやってきたのである。
上原君は、熊撃ちをはじめてから未だ僅かに七年しかたっていない。であるのに、去る二月二十七日までに四十四頭の月の輪熊を斃している。この地方の山村には、信州側にも越後側にも幾人もの熊撃ちがいる。ところが上原君は数年にして他を圧して一躍名人となってしまったのは、同君が豪胆にして射撃が正確、そして健脚であるからであった。
この名人が縄張りとして跋渉している山は、上州と越後と信州の三国が境する白砂山からはじまり、西へ大高山、赤石山、横手山、渋峠、万座山、猫岳、四阿山、六里ヶ原などの深い渓谷と密林と懸崖であって、その健脚の歩く速さは熊よりも速いと称されるのであるから、この地方の熊共は上原君の体臭を嗅ぐと逸早くどこかへ姿を隠してしまうという。
それでも上原君は、一度熊の臭いを鼻にするとそれを追って追って、追い抜くのである。
だが上原君は獰猛な面構えは持っていない中肉中背で、愛嬌のある黒い丸い顔の持ち主、小さなくりくりした丸い眼がまことに可愛らしい。名人はぼつぼつと語りはじめた。
昔は、槍で熊を突いたそうですが、私は槍を使ったことはありません。専ら筒の短い鉄砲を
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