ません。血の臭いや、火薬の臭い、焚火の臭いなど穴の入口に残っているからでしょう。穴の近所の樹の肌に、熊は歯や爪で印をつけます。これは、縄張りを示すためであろうと考えられています。立派な穴があって、それを大きな熊が発見しても、先住者がいるそこへ侵入しないものです。先住者が小さな熊であっても先住者の権利は尊重する習性を持っているように見えます。
 熊にも、居付きの熊と渡りの熊とがあります。渡り熊というのは遠方から旅してきたものです。旅からきた熊には、小さいものはいません。
 私がいままで撃ち取った四十四頭の熊の約半数は雌熊でありました。そのうち数頭は、仔連れの雌熊であります。しかし、どの雌熊の腹を割いてみましても孕んでいるのを見ませんでした。そんなわけで、熊がいつ交尾し、いつ穴のなかで仔を産むかを知りません。仔連れの熊は二、三貫目より小さいものは伴っていません。それより小さいのは足が幼いため親と歩行を共にすることができないから害敵に出会った場合に危険に陥る場合を考えているためでしょう。
 十二、三貫にも育った仔熊を伴っている場合もあります、十二、三貫目に育つには三年かかりますから、熊は毎年仔を産むとは限っていないようです。雌熊は普通二匹を産み、その二匹は必ず雄と雌であります。
 三月末から四月にかけた雪解けのころ熊は穴から出ます。穴に入るのは十一月下旬から十二月はじめで、初冬が山を訪れる季節です。穴に入って春まで冬眠を続けるために、穴に入る前に大いに食べて体力を養います。肉がついて丸々と肥え、脂肪も厚く乗っているので、晩秋に撃ち取ったものが最もおいしいようです。春になって穴から出るときは、長い冬の間に体の脂肪を消費しているので、晩秋のものほどおいしくありません。
 真夏の熊の肉は、殆ど食べられないといってよいでしょう。
 肉は、普通すき焼きと味噌漬けにして食べるのが結構です。春の熊は穴の中にいて食べ物を摂りませんから内臓はきれいです。内臓のうち肝臓が一番おいしいと思います。

  四

 熊には相場が定まっていません。私は、相手の希望に委せて売っておりまして、決して無理はいわないのです。無理に高い相場をつけて、売り損なっては大変ですから、安く早く売って一日も早く次の猟に出る準備をいたします。
 しかし、大体相場はあるものです。私は肉を、百匁百円から百二、三十円に売ります
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