豚料理に理解を持たなかった江戸時代から、東京では場末の縄暖簾《なわのれん》でもこの小斎河豚を売っていた。それほど、小斎河豚の味は普及している。だが、味は結構でない。河豚のうちで、一番風味に乏しいと言ってよかろう。やはり、皮膚に刺がなく大きいのになると二貫目以上に育つ。
市中の小料理屋で鉄砲鍋とか小斎鍋とか言って売っているのがそれで、毒が少ないからこれならば命に別状はない。昔、江戸っ児が河豚はうまくねえ、と貶してきたのは、安全なものとしてこの味の劣る小斎を選んできたためだと思う。
河豚は、海釣りの外道として釣り人から仇のように憎まれている。そのはずであろう。上腮と下腮に生えている一枚歯は、やっとこ[#「やっとこ」に傍点]のように力強く、剃刀《かみそり》のように鋭い。この歯に噛まれたらどんな太い天狗素《テングス》でも、一噛みでぽきんだ。
鯛釣り漁師は、丹精して繋いだ百|尋《ひろ》もの本天狗素の釣り糸を、時々河豚にやられるので、河豚にかかっちゃ泣いても泣ききれないとこぼす。だから釣り人は河豚が釣れると憎しみのあまり、骨も砕けよと渾身の力で舷か、岩角へ叩きつけるのだが、河豚は腹をふくらま
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