て猫万どんはひどく喜んださ。
その夜、猫万どんと俺は厩の棟下に隠れて源景寺河童のやつてくるのを待つてゐた。息を殺して、様子を窺つてゐた。すると、果せる哉丑満刻になると庭の隅の垣根を潜つてやつてくるものがある。河童が五六匹。
河童の肌は、夜光薬でも塗つたやうに闇中に光るから、彼等の姿ははつきり分る。がやがやと何か打ち合せをやつてゐる。
やがて、一番大きな奴が先頭に立つて、厩舎の方へ近づいてきた。小馬が怖れて、ヒーンとないた。
そこで俺は厩の棟下から出て、その河童の大将に、
「諸君、今夜なんの用があつて、やつてきたのぢやい」
と、問うてみた。
「そこにゐるのは、末風村の幸七ぢやねえか。――今夜は、猫万どんの小馬を貰ひにきた。じやま立てすると、ただぢやすまねえぞ」
かう、大きな河童が偉丈高になつた。これに対して当方が憤慨すると、策戦は失敗に終るから下腹を静かに落ちつかせて、
「それは御苦労、小馬の一頭、猫万どんはなんとも思つてはゐないから、いつまでも持つて行くがよい。ところで、まだ時刻も早いから急がないでもいいぢやないか。酒が買つてあるから一杯やつてから馬を引いて行くことにしちやどうだの」
と、誘ひかけた。
「…………」
大河童はなんとも答へないで、仲間の方へ向き返り打ち合せをはじめた。ややしばらくしてから俺の方へ向き直り、
「それぢや一杯御馳走になるちうことにするかな」
と、吐《ぬ》かす。
当方は、しめたと思つた。そして、彼等が泥酔したら一匹生捕つてやらうと考へた。
五六匹の河童共は、厩の前へ車座となつた。納屋から俺が焼酎の一斗瓶と、五郎八茶碗数個を運んできた。河童といふ動物は、実に豪酒だ。生きた小馬を肴に眺めながら、強い焼酎を五郎八茶碗で、がぶがぶやる。
そこへ猫万どんも厩舎のかげの闇がりから這ひ出してきて、河童の車座に向つて無言で恭々しく頭を下げた。
次第に夜は、明け方に近づいて行く。
いかに豪酒の河童共と雖も、僅かに数匹で一斗瓶底近くまで呑みほしては、酩酊せざるを得まい。
俺も車座の仲間に入つて、少しはのんだ。
俺は彼等が正体なく酔つ払つた頃あひを見はからつてから突然、
「夜が明けたあッ!」
と、大きな声でどなつた。
彼等のうちどれか一匹が、腰を抜かして動けなくなつて逃げ後れたら荒縄でふんじばつてやらうと考へてゐたからだ。
「キャッ」
酔河童は、声を揃へてかう叫ぶと同時に、拭い去つたやうにその影は闇のなかへ消え失せた。
翌朝、厩の前へ行つてみると、雨合羽に似たものが一枚棄ててある。よく見ると、それは河童の皮だ。青い雲形の模様が薄く泛びでてゐて、このごろ流行のオイルシルクで作つたレーンコートに彷彿としてゐる。
河童め、あはてて尻に敷いてゐた皮を置き放しにしをつた。
私は少年の頃こんなたあいない話をききながら、父と共に酒の夜を更した。
底本:「日本の名随筆 別巻47 冗談」作品社
1995(平成7)年1月25日第1刷発行
底本の親本:「垢石傑作選集 綺談篇」日本出版共同株式会社
1953(昭和28)年3月発行
※「未風村」と「末風村」の混在は底本通りにしました。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2006年11月18日作成
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