て、うろんの眼でわが輩を見るには閉口だが、まだ一度も抗議は申し立ててこん。犬や豚と違って、猫はその筋へ登録してないのであるから、正面切ってわが輩に苦情を持ち込むちうわけには行かぬのであろうけれど、もし抗議があったらわが輩にも言い分はある。ちかごろはその抗議を密かに待っているような次第だ。
 どんな言い分を持っちょるな。
 先ごろからわが輩は竹垣の破れ目の傍らへ立札を立てた。猫族余が屋敷内へ入るべからず、もし侵したるときは、撲殺を蒙る虞《おそ》れあるべし、世の飼主注意せよと書いた。猫は字が読めぬから、引き続きやってくるよ。
 手前勝手の立札じゃわい。
 だが、近時猫の奴の少なくなったのには困却したが、今夏は越後国南魚沼郡浅貝付近の山中から、またたびの実を採集して来て、これを塩漬けにして蓄え、毎夜垣の破れ目の内側へ一箇ずつ落として置くと、俄然大いに成績を盛り返したね。
 あれは、人間の酒のつまみ物にもなるな。
 なにはともあれ、おしやます鍋見参ということにし給え。
 本草綱目を繙いてみると、猫肉はその味、甘酸にして無毒とあって、食法が書いてない。倭本草には猫性を指して、気盛んなるとき爪を磨ぎ、喜ぶとき咽をならす、快きとき前足をもって面を洗う。他児を乳し、朝昼夕に変眼、鼻頭常に冷たく、死ぬとき身を隠し、またたびを好み、これをからだに塗りつける。と、あってこれにも料理の法がない。
 そこで、ありきたりのすき焼き鍋に入れ、葱と春菊と唐芋とを加役として、ぶつぶつと立つ泡を去るために、味噌を落としたけれど、少しくさみがある。本朝食鑑には、その味|甘膩《かんじ》なりとあるが、期待したほどでもなかった。
 次に、鍋に入れ水からゆでて、くさみを去るために、杉箸二本を入れて共に鍋に入れる。沸《たぎ》ったならば、目笊《めざる》に受けて、水にて洗う。別の鍋に、里芋の茎、ほうれん草を少々入れたすまし汁を作って置いて、それにゆでた猫肉を加え、再び火にかけて沸ったところを碗に分け、橙酢を落として味あったところ、これはひどく珍味であった。汁面に、細やかなる脂肪浮き、肉はやわらかくて鮒の肉に似て甘い。味は濃膩《のうじ》にして、羊肉に近い風趣があると思う。
 さて、はからずも老友に、時節柄素敵な秘法の伝授を受けた。今晩から、猫捕りに精進しよう。北米寒地のインデアンは、食糧に困ってくると、橇《そり》犬の皮
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