りも蝗が好物であったというから、彼は幼いときから蝗をむしゃむしゃ、やったものと見える。晴明は、信田の森の葛の葉という狐が生んだ子供であるという話だが、そういえば先年北軽井沢の養狐園を視察したとき、園主から狐は蝗をひどく好むという説をきいたことを記憶している。
 予言者ヨハネは、蝗と野の蜜蜂を常食にしていたという記録がある。してみると、ヨハネも狐の縁戚に当たるかも知れないが、私の隣の家で飼っている猫は、素敵に蝗が好きで毎年秋がくると、鼠を捕るのを忘れて、田圃へさまよい出ては蝗捕りを専門にやっているという話だ。では、ヨハネは猫類にも血のつながりがあったのかも知れぬ。
 ある日私が、縁先で蝗を串にさしていると、隣村から老友がやってきた。しばし私の手先をながめていたが、蝗などという気品の卑しい虫は食うものじゃない。と、抗議するのである。それほど、動物性の蛋白質に飢えているなら、わが輩が素晴らしいご馳走を進上しようと、同情ある口吻をもらすのである。
 素晴らしいご馳走とは、なんじゃと問うと、猫じゃと答えるのである。すると、わが老妻が傍らでそれをきいていて猫を食べるのはおよしなさい。猫を殺せば七代祟ると俚言があるけれど、その猫を食べれば十代も、二十代も祟るかも知れません。ああ、怖ろしい。
 その言葉に老友が答えて、奥さん我々は来年の春から夏へかけて、餓死するであろうというのであるから、遅くも田植え頃までには一家親族が飢え死に、死に絶えるかも知れません。してみると、猫が祟りたいと専ら神通力を揮ったところで、孫も子も死に絶えていないのだから祟りをどこへ持って行きようもない。つまり、猫は殺され損になるでしょう。
 とにかく、猫でも鼠でも鼬《いたち》でも、蜻蛉でも蠅でも芋虫でも、食えるうちに食って置こうじゃないかということになり、老友は二、三日後を約して帰って行った。
 昔から猫のことを『おしやます』という。おしやますとはどんなところから名が出たのか知らぬが、おしやますの吸物といえば、珍饌中の珍饌に数えられてある。また一名『岡ふぐ』ともいう。
 二、三日後、老友は小風呂敷の包みを持ってやってきた。包みを解くと、竹の皮に家鶏の抱き肉のような白い半透明の肉が、一枚一枚ならべてある。
 君、これは鶏の肉じゃないか、おしやますじゃあるまい。これでは、何の変哲もないのうと期待に反した文句をいうと
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 垢石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング