帰するのである!
かの天に夜毎清麗なる光を恣《ほしいまま》にする月は、由来我地球の分身にして、しかも地球よりも早く死滅したる一世界である、汝《なんじ》に出ずるものは汝に帰るとかや、かの月は、やがて我地球と衝突して、二体同一となるのであるが、その時は我世界の破壊時にして、何物の生者をも存在せしめない。
死せる地球、及び他の惑星は、瀕死の太陽を囲繞して、暫しは哀れを止むるが、その太陽が中心迄、冷えきった時は、宇宙の一辺には、偉大なる怪球どもの残骸が横たわって、見るも無慚なる有様となる」
時に一人は叫んだ。
「君よ、太陽系はかくのごとくして全く滅亡に帰し、再びその生を回復し能わぬか」
彼は殆《ほとん》ど絶望の涙を湛えて、弁士の確答を促したのであった。
「憂うるなかれ、宇宙の万物は、すべて流転輪廻の法則の下に存在するのである、即ち滅亡せる太陽系統は、或る時機に於て、必ず復活すべきことは、何人といえども否定し得ないであろう、君よ今まさに滅亡せんとする我世界は、悠久の過去に於て、すでに幾度も生滅を繰返したのである」
彼はかく述ぶるとともに、暫時その咽喉《のど》を湿《うるお》すべく、冷水の杯を手にしたのであったが、かかる分秒時とも、彼らの聴衆は静かに俟つだけの時間を有さなかったのである。
「弁士! 滅びたる我世界は、何年の後に復活すべきや、かつ如何なる動機に依って燦然《さんぜん》たる光輝を放つに至るか、希くは不安なる吾らが胸に一縷《いちる》の光を望ませて下さい」
と、これもまた救世主の前に叩頭する罪人のごとく、顔色青ざめて、五体を慄わしておる、されどその答は、却《かえ》って聴衆の胸中に、さらに暗雲を漲らしむるに過ぎなかった、しかり全く絶望的の断案は下されたのである。
「君よ、この問いに対しては、吾々は殆ど確答し得ない、のみならず微々たる太陽系の死骸は、広大無辺の宇宙に介在して、ただ何らの目的もなく、右に往きあるいは左に往きする時、他の偉大なる恒星に会して、ここに相衝突する時、死せる太陽は、再び息を回《かえ》して、爛々たる光熱を吐くに至る、されど君よ、死せる太陽が、めぐりめぐりて、他の星体に相会する年数は、十万年なるか、はた二十万年を要するか、そは微少なる吾々の智識にては、到底判断することの出来ぬのを憫れと思われよ」
彼は憮然として、また他をいうを好まなかったのである。
中 滅亡時に処すべき覚悟
今や同盟会員は、祖先以来永住の地球を見捨てて、さらに別世界に移住すべく余儀なくされたのである、しかもこの事たる、頗《すこぶ》る難事業で、到底軽々しく決行し得らるる問題ではない、されば聴衆の内には、すでに「無為にして滅ぶ」「吾らはただにその生命ばかりでなく、祖国否天賦の大塊をも破滅せらるるのか」などという、絶望的の歎声さえ起って、さしもに広い大会堂も、殆ど暗澹たる憂愁の雲に被われて仕舞った。
この時、この有様を見るに見兼《みか》ねて、猛然として演壇に起ったのは、齢《よわい》七十に余る老ドクトルである、彼は打ち凋《しお》れたる聴衆の精神に、一道の活気を与えんがために、愁いを包んで却って呵々大笑し、まず彼らの視線をそこに集め、おもむろに口を開いていった。
「満堂の諸君! 卿らは何故にさる失望落胆の声を発するか、予は頗る不思議に思う、そもそも人類には霊魂と称する不死不滅のものがある、試みに気息ある人の体量と、死せる者の体量と比較し見よ、彼に比してこれの甚だ軽き所以《ゆえん》は、元より体中に存在せる空気の量にも依るであろう、しかしそれにしてもなお吾々の智識を以て、とても計り知る事の出来ぬ多大の重量があり、久しく医界の疑問となっていたのである、しかるに何ぞ知らんや、この不可解の重量こそ、正しく霊魂その者の目方たること、漸《ようや》く千九百〇六年の最近に於て、しかく断定せられたのである。
これに依って思うに、よしや太陽系統は一時滅亡の悲境に立ち至るとも、吾々の霊魂なる者は、決して運命をそれと一にすべきものではなく、必ず他の世界に飛行して、再び活動の端を開く、五尺の肉体何の惜しからむや」
と、彼は滔々《とうとう》万言、聴衆に大なる慰安を与えようとした、けれどもこの提案は、何人も歓迎しなかった、即ち彼らの多くは、皆口々にいって曰く。
「老ドクトル閣下、吾々は今や父祖累代の財宝金銀、あらゆる物をば、全く土芥のごとくに放擲《ほうてき》したのである。今やこの五尺の体躯こそ、最も貴重すべき宝となったではないか、それをも棄てさするに至っては……ああ、天地一の善神さえ無いのか!」
この一言は、全く聴衆全体の声であった、しかり悲しき響きであったのだ、時に今迄は、ただ片隅に、熱心に各議員の説をきいていた一人の物理学者は、聴衆の悲痛を見かねて、雄々し
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