短に説明せん。我々日本人は現に鐵製の刃物を用ゐ居れども、世界中の人類が古今を通じて悉く然るにはあらず。曾て金屬の用を知らざりし人民も有れば、亦今尚ほ石を以て矢の根、槍先、斧の類を造る人民もあり。事の過去に屬すると現在に屬するとを問はず、人類が主として石の刃物を製造使用する時期をば人類學者は稱して石器時代と云ふなり。アウストラリヤ土人の如きは現在の石器時代人民の一例にして本邦諸地方に石の矢の根、石の斧等を遺したる者は過去の石器時代人民の一例なり。現在の例は一に止まるに非ず、過去の例亦甚多し。隨つて石器時代遺跡の種類も性質も諸所必しも一致するには非ざるなり。他國の事は姑く措き余は先づ我が日本の地に存在する石器時代遺跡の種類をば左に列擧すべし。
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一、貝塚《かひづか》。多量の貝殼積み重なりて廣大なる物捨て塲の体を成せるもの。好例東京王子西ヶ原に在り。
二、遺物包含地《ゐぶつはうがんち》。地下に石器及び他の石器時代遺物を包含する所。好例埼玉大宮公園内に在り。
三、竪穴《たてあな》。直徑二三間或は四五間の摺り鉢形の大穴。好例釧路國釧路郡役所近傍に在り。
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是等は正當に石器時代の遺跡と稱すべきものなれど尚ほ他にも石器時代遺物の發見さるる所あり。これ以上の三種破壞攪亂されたる結果たるに過ぎざるなり。
石器時代遺物[#「石器時代遺物」に白丸傍点]。石器時代の遺跡は石器時代の遺物存在に由つて始めて確めらるるものなり。今此遺物中にて主要なる人造物を撰み出し其名目を掲ぐれば左の如し。
一、石器《せきき》―[#ここから割り注]石の矢の根、欠き造りの石の斧、磨き造りの石の斧[#ここで割り注終わり] 二、土器《どき》―瓶、鉢、壺、椀、人形。三、骨器《こき》          四、角器《かくき》
石器時代人民に關する口碑傳説[#「石器時代人民に關する口碑傳説」に白丸傍点]。石器時代の古物遺跡に關しては日本人中に傳ふる所の説誠に區々にて或は石器を以て神、天狗、雷の造る所となし、或は石器時代の土器を以て源義家酒宴の盃、又は鎌倉繁榮時代の鮹壺となし、或は貝塚を以て巨大なる人の住ひ跡となす。アイヌの口碑は是に反して何れの地に於けるも一樣なり。其大要を云へば次の如し。
アイヌは元來日本本州の方に居りし者なるが日本人の爲に追はれて北海道の地
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