も、また凝つとして立ちどまつてゐることもしやべることも、なにもかも苦痛になつてしまつてゐたので、陰気にうつむいて歩いてゐたのが、娘さんの『さよなら』の言葉をきいて、ぎくりと水を浴びたやうに飛びあがつた。
しかし今更娘さんを引止めたりすることも、つまらないことであるし、それに室の窓からさつきの味瓜畑を見をろすことのできると言つた、娘さんの家にとう/\着いたのだなと、思つたので顔もあげずにあきらめて、うつむいて歩いた。
『さよなら』
また娘さんは三間さきでかう言つた。娘さんの履物のひびきが小刻みになつたのでいらいらしだしたが、男はさいぜんの『梅毒患者の暗示』の失敗にむしやくしやしてゐたので、強情にして顔をあげなかつた。
それよりも男の驚いたのは黒い影にゆきあたつたと思ふうちに、いままでの暗がりとはうつて変つた、まつかな光線が頭上や胸に※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]つてきた。
ちやうど火焔の中に落こんだやうな周囲の赤さであつたので男は思はず顔をあげると、娘さんはその真赤な空気のなかに、なにかの水虫のやうな、すいすいと伸びた足取で、細長くなつて消えてしまつた。
頭上の黒い
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