に滑稽な悲しみに似たものがこみあげてくるのであつた。
――わたしも、今朝なにか騒がしいと思ひましたよ。
――思ひついたら起きて見たらよかつたぢやないか。
青丸はしきりに、小さな手で食卓の上にはい上がらうと努力してゐたが急にむせびだして顔を火のやうに赤くしだし、喰べてゐた飯をテーブルいつぱいに噴きだし激しく続けさまに咳をしだした。
いかにもその咳が苦しさうであつた。妻は慌てゝ強く青丸の背を平手で打つた。青丸は眼を赤く充血さして、ゼイ/″\と壊れた笛のやうに、のどをいはしながら、鶏のやうにのどをながく伸していつまでも咳をし続けた。
――貴郎《あなた》、青ちやんは、百日咳に取りつかれたんぢやなくつて。どうもさうらしいわ。
妻は心配さうに青丸の様子を窺ひながら私にかう問ふのであつた。
――そんなことはお医者ぢやないから知るもんか。
私はかう邪険に突離してをいて泥鰌の蒲焼のひとつを口にほうりこんだ。妙に乾燥した風味と、そして泥鰌の背の軽い骨とを歯に感じた。しかしその香気は風に散つてしまつたかのやうに何の味もないものとなつてゐた。
底本:「新版・小熊秀雄全集第一巻」創樹社
1990(平成2)年11月15日新版第1刷発行
底本の親本:「旭川新聞」旭川新聞社
1927(昭和2)年8月25日〜28日
初出:「旭川新聞」旭川新聞社
1927(昭和2)年8月25日〜28日
入力:八巻美恵
校正:浜野 智
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
2006年11月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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