で、存続したといふことは、子供にとつての問題よりも、大人にとつて問題が残されたのである、出版業者はその儲けを継続することができるし、漫画家は執筆によつて命をつなげるし当局は取締りの余地をのこした、教育者、児童心理の研究者達は、今後も相変らず座談会を開くであらう、ただ子供読物の問題は、文部省、内務省の今後の取締方針の如何によつてすべての状態が、いくらでも良い方向に変つてくるに違ひない、その意味では(五字判読不能)
 幼稚園のブランコの綱が切れはしまいかと注意を払つてくれる保母があるとすれば、子供たちにとつて、優しい親切な保母であらう、多くの場合はブランコの綱が切れて子供が墜落してから、幼稚園では綱は取り替へることになつてゐる、政府が、映画とか、読物とか、子供のことに関して、危険の起きる事前にそれを防がうとし、気を揉むやうになつたことは、子供のための良き保母になつてきたといへよう、国立児童出版所のやうなものができてゐない我国の状態では、政府が子供読物の良いものを、率先出版して、見本を示すといふわけにはいかない、従つて個人の資本投資による出版を否定するわけにもいかない、内容が悪いといふ理由で、出版されたものを発売禁止処分にするといふ、所謂断乎たる処置が、政府の政策遂行を容易にするばかりとは限らない、そんなに子供出版物の発行が難かしいのであれば面倒だからと、昨日の子供読物出版屋が、けふはタワシの製造業に、さつさと転業もしかねないのである、『儲からなくても良い本を』などといふ言葉が、いかに非現実的な言葉であるかは、この業者の心理状態に接触した経験のある人はよくわかる筈である、良い本をつくらせることは、取締当局の方策であり、画家、教育者は、ことに政府の良き協同者でなければならない、そして出版屋は儲けるといふ単純な理由でだけ出版する、何故なら儲けさへすれば、どのように優れた立派な子供読物でも出版するからである、現在の出版業者が、自発的な出版良心をもつまでになるには、多少時間がかゝるやうだ、文部省や、内務省の取締り方針が、過渡期であるといふ意味で、方針の動揺といふものもあるため、出版業者の出版方針もまた戸まどひしてゐる、羊が紙を喰つてゐるやうな漫画を書いたところ、紙を喰ふなどとは、国策に反するのではないかと神経質になつた人があるといふ、羊が紙を喰ふのは、羊の習性であつて、国策とは何の関係もない筈である、しかし現在の子供漫画の出版には、その位にも当局や出版者が敏感になつてゐる、国策に反するのは、羊が紙を喰つてゐる絵ではなくて、卑俗な子供出版物を出版して、印刷紙を浪費する、そのことであらう、有害なものは勿論悪いが、無害なものも無意味な出版である、他の大人の娯楽出版物は知らないが、子供出版物はあくまで有益なものでなければならない、しかし子供漫画の卑俗化は、我国の現下の『赤本的現実』の一つの現はれであつて、漫画だけがその責を負ふべきではないからだ。



底本:「新版・小熊秀雄全集第五巻」創樹社
   1991(平成3)年11月30日新版第1刷発行
入力:小林繁雄
校正:瀬戸茂之
2006年2月26日作成
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