舌をぺろりといれて、こほろぎを捕《つかま》へようといたしました。
そのとき、傍にゐました、樵夫の子供は『占《しめ》た』と、切り口にさしいれてあつた楔を手早く抜きましたので、野牛は切口に舌をはさまれてしまつたのです。
森のみんなは手を拍つて笑ひました。
野牛のとがつた角は後《うしろ》の方にまがり爪がふたつに割れるほど、あばれてみましたが、舌はぬけませんでした、はては大きな声で泣きながら、
『モーモー、おしやべりをしませんから。モーモー悪いことをしませんから』
とあやまりましたので、樵夫の子は野牛の口のなかから、おしやべりの珠をぬきとつて、とほくの草原になげてしまつてから野牛をゆるしてやりました。
野牛は、泣く泣く森を逃げだしました。
あの真珠のやうな、小さな言葉の珠を失くしてしまつてから、牛はもう言葉を忘れてしまひました。
『たしかこの辺だつたと思つたがなあ』
牛は野原の草の間を、失くした珠を探して、さまよひました。
『モーモー、おしやべりをいたしません、モーモー』
牛はそれから、こんきよく野原の青草を口にいれて、ていねいに噛みながら、失くした珠を探しました。(大15・2
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