がつた水面に、たくさんの同類たちと、さまざまの愉快なあそびをしたことを思ひ出しました、いつか水底の海草のしげみに発見《みつけ》てをいた、それはきれいな紅色の珊瑚は、あの頃は小さかつたけれども、いまではかなり伸びてゐるだらう、それとも誰か他の魚に発見《みつ》けられてしまつたかもしれない、などと焼かれた秋刀魚は、なつかしい海の生活を思ひ出して、皿の上でさめざめと泣いて居りました。
 ことに秋刀魚にとつて忘れることの出来ないのは、なつかしい両親と仲の善かつた兄妹達のことでした、秋刀魚が水から漁師に釣りあげられて、その時一緒に釣られた秋刀魚達と石油箱にぎつしりとつめられたまゝ、長い長い汽車の旅行をやりました、そしてやつとの思ひでうすぐらい箱の中から、あかるい都会の魚屋の店先にならばされました。
 そこには海の生活と同じやうに、同じ仲間の秋刀魚や鯛や鰈《かれい》や鰊《にしん》や蛸《たこ》や、其他海でついぞ見かけたことのないやうな、珍らしい魚たちまで賑やかにならべられてゐましたので、この秋刀魚は少しも寂しいことはなかつたのでしたが、魚達は泳ぎ廻ることも、話しあふことも出来ず、みな白らちやけた瞳をし
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