鼻の穴から大きな提灯をぶらさげて馬の頸にしがみついたまま、すつかり寝込んでしまひました。
二
ふと大将が眼をさましてみますと、自分は馬の背から、いまにも落つこちさうになつて眠つてをりました、
『おやおや、月に浮かれて、とんだところまで散歩をしてしまつた。』
かう言つて、大将はぐるぐるあたりを見廻しますとそこは、やはり広々とした青草の野原で、あひかはらずお月さまは、鏡のやうにまんまるく下界を照らしてをりました。
しかし山塞と、だいぶ離れたところまで、きてをりましたので、馬の首をくるりと廻して帰らうといたしました、そして何心なく下をみると、そこは崖の上になつてゐて、つい眼したに街の灯がきらきらと美しく見えるではありませんか。
すると馬賊の大将は、急に荒々しい気持に返つてしまつたのです。
そして大胆にも自分ひとりで、この街を襲つてやらうと考へたのです、馬の手綱をぐい/\と引きますと、いままで呑気に草を喰べてゐた馬も、両眼を火のやうに、かつと輝やかして竿のやうに、二三度棒立ちになつてから、一気に夜更《よふ》けの寝静まつた街にむかつて、崖を馳けをりました。
そして馬賊の大将は、街の一本路を、続けさまに馬上で二三十発鉄砲をうちながら、馳け廻りました。それはかうたくさんの鉄砲をうつていかにも、大勢の馬賊が押しかけてきたやうに街の人々に思はせるためでした。
はたして街の人々は、大慌てに、そらまた馬賊が襲つてきたと、皆ふるへながら、押入れの中やら、地下室やらに逃げこんで小さくなつてをりました。
大将は家来もつれず、たつた一人の襲撃ですから、あまり深入りをして失敗をしてはいけないと考へましたので、鉄砲をうつて、街の人々をおどかしてをいてから街の場末の二三十軒だけに押し入つて、いろいろの宝物を革の袋に三つだけ集めました。それを馬の鞍に二つ結びつけ、自分の腰に一つつけて、さつそく引き揚げようといたしました。
ところが一番最後に押し入つた家《うち》は、一軒の酒場でありましたが、酒場の家の人達は、大将が押し入つてきましたので、驚ろいて奧の方に逃げこんでしまひました。
馬賊の大将は、がらんとして誰もゐない酒場に、仁王だちになつて、髯を針金のやうにぴんぴん動かしながら
『さあ、みんなお金も宝物《はうもつ》も出してしまへ。』
と叫びましたが、酒場の中はしーんとして返事
前へ
次へ
全69ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング