小熊秀雄全集−12
詩集(11)文壇諷刺詩篇
小熊秀雄
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[表記について]
●ルビは「《ルビ》」の形式で処理した。
●ルビのない熟語(漢字)にルビのある熟語(漢字)が続く場合は、「|」の区切り線を入れた。
●二倍の踊り字(くの字形の繰り返し記号)は「/\」「/゛\」で代用した。
●[#]は、入力者注を示す。
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●目次
序
志賀直哉へ
佐藤春夫へ
島崎藤村へ
室生犀星へ
正宗白鳥へ
林芙美子へ
横光利一へ
谷崎潤一郎へ
新居格へ
徳永直へ
林房雄へ
武田麟太郎へ
秋田雨雀へ
窪川鶴次郎へ
長谷川如是閑へ
中野重治へ
武者小路実篤へ
文壇諷詩曲
文壇諸公に贈る新春賀詩
中河与一について
小松清について
亀井勝一郎について
林房雄について
平林たい子について
青野季吉について
森山啓について
横光利一について
窪川いね子について
菊池寛について
新居格について
窪川鶴次郎君へ
平林たい子へ
武田麟太郎へ
大森義太郎へ
味方ではある――亀井勝一郎へ
中野重治へ
島木健作について
二人の感傷家に――森山啓と中野重治に与ふ――
僕が小説家に対して、反感を抱いてゐることは確かだ、人に依つては、それが不思議なわけのわからぬことに思はれるだらう、一口で言へば「どの小説家もみんな良い人」なのだから、しかし僕はこの反感的な形式である諷刺詩を自分のものとしてゐるのは、それは抜差しのできない僕の生活の方法だから仕方がない。詩を攻勢的な武器として成立させてをかなければならないといふ社会的慾望から出たものだ。そして散文に対する反感は、僕といふ詩人と小説家との「時間に対する考へ方」の喰ひちがひから出発したものだ、この詩は昭和十一年から十二年にかけて読売新聞に発表したもの、諷刺雑誌「太鼓」に発表したもの並に未発表のものを加へて数十篇のうちから選んだ、自分ではこれらの詩を収録記念することを無価値なものとは思つてゐない。
志賀直哉へ
志賀の旦那は
構へ多くして
作品が少ねいや
暇と時間に不自由なく
ながい間考へてゐて
ポツリと
気の利いたことを言はれたんぢや
旦那にや
かなひませんや
こちとらは
べらぼうめ
口を開けて待つてゐる
短気なお客に
温たけいところを
出すのが店の方針でさあ、
巷《ちまた》に立ちや
少しは気がせかあね
たまにや出来の悪いのも
あらあね、
旦那に喰はしていものは
オケラの三杯酢に、
もつそう飯
ヘヱ、
お待遠さま、
志賀直哉様への
諷刺詩、
一丁、
あがつたよ。
佐藤春夫へ
男ありて
毎日、毎日
牛肉をくらひて
時にひとり
さんま[#「さんま」に傍点]を喰ひてもの思ふ
われら貧しきものは
時にさんま[#「さんま」に傍点]を喰ふのではない
毎日、毎日、さんまを喰らひて
毎日、毎日、コロッケを喰つてゐる
春夫よ、
あしたに太陽を迎へて
癇癪をおこし
夕に月を迎へて
癇癪をしづめる
古い正義と
古い良心との孤独地獄
あなたはアマリリスの花のごとく
孤高な一輪
新しい時代の
新しい正義と良心は
君のやうな孤独を経験しない
春夫よ
新しい世紀の
さんま[#「さんま」に傍点]は甘いか酸つぱいか
感想を述べろ。
島崎藤村へ
こゝな口幅つたい弱輩愚考仕るには
先生には――夜明け前から
書斎にひとり起きいでて
火鉢の残火掻きたて
頬ふくらませ吹いてゐる
嗜好もなく望みもなく
たゞ先生の蟄居は
歴史の記録係りとして偉大であつた
先生はすぎさつた時に
鞭うつリアリストであり
新しい時をつくる予言者ではない
こゝな口幅つたい弱輩愚考仕るには
先生には訪問者を
玄関先まで送り出し
ペタリ坐つて三つ指ついて
面喰はせる態の
怖ろしく読者を恐縮させる
『慇懃文学』の一種である。
室生犀星へ
現実に
これほど
難癖をつけて
これほど
文句をつけ
これほど
しなだれかゝつて
これほど次々と作品を
口説き落せば達者なものだ、
あなたは
果して神か女か、
神であれば
荒びて疲れた神であり
女であれば
暗夜、頭に蝋燭をともして
釘をうつ魔女だ
しかし藁人形は悲鳴をあげない
呪はれる相手も居まい、
小説に苦しむたびに
幾度、
庭を築いては崩し
幾度、
石を買つては
売り飛ばし
老後の庭園を
掘つくりかへして
楽しんでゐるのは
御意の儘だ
それは貴方の庭だから。
正宗白鳥へ
右といへば
左といふ
山といへば
川といふ
行かうといへば
帰るといふ
御老体は天邪鬼《あまのじやく》
人生をかう
ヒネクレるまでには
相当修業を積んだことでせう、
歳月があなたの心を
冷え症にしてしまつたのか
痛ましいことです
あなたの正気からは
真実がきけさうもない
ちよいと
旦那
酔はして聞きたい
ことがあるわよ。
林芙美子へ
有名なる貴女の人格に
触れることをおゆるし下さい。
私も多少の人格をもつてゐる、
そしてそのいくらもない人格を賭けて
あなたのことを歌ふのだから、
あなたの芸術上の呑んだくれの
性格は出版記念会の
余興の上には一層それが発揮される
主賓としての貴女は洋食皿をもつて
泥鰌すくひを踊りまはる
それは良いことです
来賓を喜ばすことは
だがもしあなたが踊りのために
くるりと尻を捲つた
長襦袢が
余興のために前もつて着込んで
きたものであつたとしたら惨めです
あゝ、なんて細心な一見苦労人らしい、
事実はレビューガールの媚を想ひ起させる、
あなたは少し苦労をしすぎましたね、
前もつて、たくらんだ計画した
感傷性の売文家よ
だが、再び貴女に九尺二間の長屋に住めとは言はない
人生への追従をうち切つて下さい
面白がつてゐる読者に面白がらしてはいけない
世界の中にたゞ一人
私だけが面白くない貴女を期待してゐる
不機嫌な反逆的な貴女を待つてゐる。
横光利一へ
利一天狗は、
烏天狗、小天狗を引具し
昼なほ暗い純粋芸術の林に
エイ、ヤッ、トウ、と
枝から枝へ飛びかひ修業す、
暗夜、ふくろの声に
寂寥、身に沁む
人里恋しく
この天狗深山からのこのこと
通俗小説の里へ下りた瞬間
凡俗の世界に負けて
痴愚となる
ふたたび山へ戻つて修業するか
雲へ乗つて海外へ飛ぶか
鰯で醤油をつくるのは
小説の中ではたやすからうが
通俗的で芸術的な小説の
新案特許《パテント》をとるには
なかなか難かしからうて。
谷崎潤一郎へ
人生の
クロスワード
人生の
迷路を綿々と語る
大谷崎の作品は
はばたく蛾
鉛を呑んだ蟇
重い、
重い、
寝転んで読むには
勿体ないし
本屋の立読みには
長過ぎるし
読者にとつては
手探りで読む
盲目物語だ
作者の肩の凝り方に
読者が御相伴《ごしやうばん》するのも
よからうが
書籍代《ほんだい》より
按摩賃《あんまちん》が高くつきさうだ
先生の御作は
そやさかいに
ほんまに
しんどいわ。
新居格へ
ビア樽のおぢさんは
コオヒイが好き
ジャズが好き
ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、
ジャアナリズムがお好き
私は貴方の
真面目なやうで
不真面目極まるところが好きよ
豆、豆、豆、豆、
いつも豆で達者で
働き者よ
おぢさんは
ニヒリズムと
アナキズムと
とりまぜ豆、豆、豆、
ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、
ジャアナリズムから
三頭橇《トロイカ》でお迎へだ、
お乗りなさい
愛嬌よく
ジャジャ馬は
ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャと
あなたを乗せて
何処までも。
徳永直へ
あなたを未だ曾つて世間で一度も
呼んだことがない風変りな
呼び方を私にさして貰ひたい、
『インテリゲンチャ作家徳永直氏よ』と
あなたはもう印刷工時代のケースの置場所も
忘れてしまつた頃だ、
それだのにみんなはよつて集つて
労働者作家だと胴上げする、
それはあなたの意志に反することに違ひない
そしてあなたを益々
ゴリキーにしがみつかせる
ゴリキーにばかり学んでゐないで、
たまには他のものも学んで下さい
ゴリキーも現実の一部だといふ意味に於てだ
大きな現実に学んで下さい、
もつとも
ゴリキーに尻尾があれば
もつと掴まり易いのだが
それがないのが残念だ。
林房雄へ
なんてこの男は
どこからどこまでも
騒擾罪を犯す男か、
思想的にも社交的にも、
巧みなタンバリン叩きよ、心得たものだ、
彼が太鼓の中心をうてば、
周囲の鈴共は
ヂャリンヂャリンと鳴るのだ、
我々の中で悪態を吐いて愛されてゐる
福徳家は君一人だ、
ところで誰も彼が生理学の
大家だといふことを知らない、
出版記念会の席上で片つ端から罵り
帰りの玄関先で罵つた相手の肩を
『やあ、やあ』といつて
大きな平手で叩く、
馭者が憤つてゐる馬の首筋を
ダア、ダアといつてたゝくと
馬は眼を細くして温和しくなつてしまふ
神経中枢に近い部分を
平手でうつことは
鎮魂帰心のいゝ方法
林にやつつけられて林に肩をたたかれて
気が静まつた相手幾人ぞ
林よ、論敵を馬扱ひにしたから
今度は罵つてをいてそ奴の
耳の下を掻いてやりたまへ
すると今度はゴロゴロと咽喉を鳴らすだらう。
武田麟太郎へ
おゝ、吾が友よ
高邁なる精神の見本そのものよ、
羽織の下に衣紋竿を
背負つてゐるだらう、
肩をいからし
『燕雀、何ぞ大鵬の志を
知らんや』
と呟きつゝ銀座を歩いてゐる
果して彼は
燕雀なりや、
大鵬なりや、
神さまだけがそれを知つてござらう。
泣いてゐる君の小説の素材よ。
君は全身的には政治が嫌ひだが
色眼だけは誰よりも美しい。
秋田雨雀へ
はげしい電光の入り乱れた
日本の解放運動の
どさくさまぎれに、
猫の手も借りたい
忙しさに
やれ、講演会の
やれ、座談会のと
一にも秋田、
二にも秋田と
百パーセントに
好々爺は利用されてきた、
艶々しい白髪を
上座に据ゑることは
集まりに貫禄と重味を添へるから、
あつちからも、こつちからも
お座敷がかゝつてきた
手弁当、電車賃自分持ちで
老爺はにこ/\出かけて行つた
やがて雷は静まり
山蔭に遠く去つた時
すべての利用価値も去つてしまつた、
後輩共は老爺を
階級のトーテムポールのやうに
偶像化し
ジャアナリズムは
まだ年譜を書くほど
老い込んだ歳でもないのに
五十年の過去を綴らして
追想主義者に
片づけてしまつてゐる、
霜の朝
ふと胸の中の『創作慾』といふ
大切な球を
なくしてしまつたのに気がついた
日本のルナチャルスキーは
いま苦しんでゐる
失われた球を求めて。
窪川鶴次郎へ
あなたの神経質は立派なものです
だが興奮剤の常用はお廃しなさい
マムシ酒では○○○○[#「○○○○」に「ママ」の注記]は勝てませんから
あなたの評論の文体は出色です
ちよつと私が型録《かたろぐ》を示しませう
『つまり、犬の口が尻尾を
咬へたといふことは、
尻尾が犬の口に
咬へられたといふことであるんである』
これでは犬がぐるぐる舞をする許りです、
いたづらに読者を混乱させます
どうぞ書斎の机にツヤブキンでもかけて
呼吸を統一して
まとまつた作品を見せて下さい
お見せにならんところをみると
さーては、備へつけた
『オゾン発生器』が
壊れましたかね。
長谷川如是閑へ
胸に手をあて
たゞ何となく
『自由』を愛してゐるお方
時代のハムレット
永遠の独身主義者よ、
私が女なら、
あなたの所に
押かけ女房に出かけます
飼犬どもをばみんな叩き出して
畳たゝいて
これ宿六
如是閑さん
長いこと理屈書いてゐて
理論の煙幕
『あの』『その』づくしで
あなたの良心済みますか
まあ/\隣近所のおかみさん達
ものは試しに
『あの』『その』数へて
ごらんなさい
これさ山の神
可愛い女房よ
まあ、まあ、怒るな
理論といふものは
つまつた時には
あの、その、さうした、
かうした、それ自体、
然しながら、あの、その、
然し、それは、それ自体
さうしたもんだよ。
中野重治へ
裾の乱れを気にばかりせず
気宇濶達の小説を書き給へ、
『小説の書けない小説家』
『小さい一つの記
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