くれよ
火の見やぐら
古き火の見は
時を越えてそゝり立つ
茫漠たる街と原野
夜も昼も見守る
はてもなき展望
こゝで火の番でも勤めたら
相当ながいきが出来さうだ
旭橋の感想
旭橋、橋に掲げられた大額には
『誠』と書《かか》れてあつた
この橋をわたるとき
市民は脱帽した
私も敬意を表した
しかし橋や建築師に
私は脱帽したのではない
人間の『誠実』を愛する
こころに脱帽したのだ
愛と、誠実の街
旭川よ!
常磐公園所見
公園の築山にのぼつて
天下の形勢を見れば
池の水ぬるみ
つつじ咲く
軍都にこの平穏あり
ボートの中の仲善い男女
間もなく彼女は
軍人を産むであらう!
東京短信
扇風器の歌
あゝ、扇風器はまはれども
人造の風は悲し
恋をするには
なまぬるく
アクビをするには力なし
夜の喫茶娘
ぼんぼりの下に
彼女は、その
ぼんぼりよりも、ぼんやりと
ぼんやりと、ぼんやりと
青春を流すなり
倦怠
爽やかな
昼は去つた
彼女にだるい――夜が来た
誰か
彼女に
注射を――、
注射を――、
鳩時計
鳩時計
扉をひらいて鳩が出てきた
さてクックッと鳴いたきりで
何んにも報告することが
ないと引退つた
報告のない人生
まさに彼女のいふ通り
池袋風景
池袋モンパルナスに夜が来た
学生、無頼漢、芸術家が
街にでてくる
彼女のために
神経をつかへ
あまり、太くもなく
細くもない
在り合せの神経を――
銀座所感
足は小さく
背は高く
青春短かく
眉長く
靴屋と服屋の見本が通る
浅草流浪人の歌
観音さまに祈らうには
手をうごかせば腹がへる
煙草のない日は
牢獄のごとし
飯のない日は
死のごとし
隅田河
隅田河
腐臭は
水面をただよひ
罐詰のカン、
赤い鼻緒の下駄、
板つきれ、
ぐるりばかりになつた麦藁帽
青い瓶、
などがポカンポカンと浮いてくる
市民の生活の断片と
人間の哀しい運命の破片
波は河岸を
汚れた舌のやうに
ひたびたと舐めてゆく
底本:「新版・小熊秀雄全集第2巻」創樹社
1990(平成2)年12月15日第1刷
入力:浜野智
校正:八巻美恵
1998年9月8日公開
1999年8月28日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で
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