ーヒューと口笛をふき十文字に走りまはる
悪魔も窒息するほどの
動揺する空気の中で生活するために
男達は続々と出かけてゆく
地面の中に智恵は埋没され
理性は空にむかつて射ち出され
すべての樹は葉を閉ぢて毒を避け
家畜は野の一隅に身を避けてゐる
都市の建物の壁はもたれる者の
重い体を支へることができない
河水は水の色を変へ
一切の自然は人間の競技場として
適当な掩護物を除くほか
見透しの利くやうにしてしまつた
そこで何が行はれ
如何に楽しい食事が始まつたか
ナイフを加へると新しい血を滲ませるほど
高給なコックに依つて巧みな調理で
豊富な肉は処理されてゐる
そこには食卓の上に争ひもなく
平和以上の静けさで骨肉の軋轢もなく
食ふものと、喰はれるものとの
計画された配分通りに行はれる
ただ次ぎ次ぎと血と肉とナイフとは
運ばれてくる
魂をとろかす快感を求め
倦まず撓まず饗宴に向ふ列
招待者の発する招待状には
鋭利な石器を打ちちがへたマークが刷られて
その招待を拒むものは鈍器をもつて
撃たれるさうした悲しい運命をもつてゐる
時よ、早く去れ
時よ、前へ
ただ私はそれのみ夢の中に描く
すぎさつた時間は、呪ふ値打はあるが
すでにそれもない
後の時ではなく、前の時が
叫喚もなく、苦悩の声と、絶望の歌とを
美しい娘のやうな手をもつて拭ひ去るだらう
腐爛した土地を新しい時は
新しく抱きかゝへるだらう
本能的な醜い饗宴に向ふ列の
通り去つた後に
新しい母親は地球を抱くだらう
雌鶏が蛇を孵すためにではなく
平和を孵すために
たゞ信ぜよ、新しい時を
後の時ではなく
前の時を――
昔の闘士、今の泥酔漢
気持よく酔つぱらへ私の友よ、
酔つてそれほど楽しくなれるなら――、
匍《は》ひまわれ――苦しさうに
君がどんなに嘔吐《へど》を吐いて
夜のネオンサインの下を歩かうとも
百米とはアスファルトを汚せまいから、
思想が君にとりついてゐた時
君は巨人のやうに歩き
巨人のやうに議論したものであつた、
いまはまるで雑巾《ざうきん》のやうに
レインコートの裾で銀座裏を掃いてあるく
友達の顔に酒をぶつかけたらいゝ――、
げらげら笑ひ給へ、鼻水を吸ひあげろ、
鮨《すし》を頬ばつてカラミで泣け
あゝ、そしてガードの下を酔つぱらつて
曾つてのコンミニストが匍つてゆく、
私は君を悲しまない、
スペインの子供達が
看護卒
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