さしい一羽の小鳥のために
私は精根を傾けつくして
小さな微妙な胸毛の
ふるへにも耳傾けよう、
可憐な一片の花弁のみぶるひにも
私は眼を大きく見張らう、
一枚の葉の失望的なふるへにも
私はともに苦しむのだ、
立て、野のものぐさの牛よ、
意志的な額を突んだして
前足で、石をガリガリ掻き始めよ、
雲雀は空に歌ひあがれ、
蛇よ、とぐろをほどいて攻勢にでろ、
蝶よ、海を渡たれ
あゝ、私はお前が、海に落ちたら
葬つてあげよう、
野から谷から人間の住むところまで
やつてきた風を、私は迎へる、
私の熱した頭は
お前の風のくちづけで一層熱くなる、
凍えてしまつた頭をもつた人々を
熱した風よ、
お前の愛でとかしてくれ、
人々は高い声をだし始めるだらう
非常にはげしい声をだし始めよ、
とほくからきた風よ、
お前が谷を駈けぬけるとき
パイプオルガンのやうに壮厳に
真実の歌をうたつた
人間の意志の強さを合奏した、
私はどのやうに屈折の
ある谷であらうとも
最後の海へ出るところまで
はげしいお前の風の
道連れになるだらう。


窓と犬のために歌ふ

精神の硬化から
開放されよ、
わが友達は
良き朝夕のために
窓をひらいて
歌をうたへ
悲しいことは沢山ある、
あんなに人生の闘ひに
勇敢であつた友が
剽盗に成り下つたり、
泡盛をのんで
壁に頭をぶつつけてゐたり、
アクロバチックダンスのやうに
身をもだえて
苦しさうな小説を書いてゐたり、
でも人生とは
そんなリアリズムではない筈だ、
愛とは野火のやうに
どこまで延焼的なものではなかつたか
たよりない、暗黒な悲哀の
日常に
私にはどこにも
もたれかゝるものがないのに
しきりに人々は
もたれかゝらうとしてゐるのだ、
もう立つてゐることが
できないのか
可哀さうだよ、
休息をしたいのか、
地面に倒れるだけが
お前にとつて休息だと
いふことを知らないのか、
私は私の窓と
お前の犬とのために
かうして歌をうたつてゐるのだ、
私の窓はひらかれた
痲痺剤の容器のやうに、
お前の頭はだんだんと
うなだれてゆくのを
私は見るに堪へないから
私は歌ふのだ。


銀座

夜の街よ、
ネオンサインよ、
淫猥なばかりで
さつぱりお前は美しくない
都会の共同便所よ、
立派な建て方だ
掘割の水の上を油が辷つて流れてゆく
他人様の妻君の美しさよ、
眼にうつるもの
ひとつとして私を
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