風車は嘲ける
見よ、行手に白い羊の大群
ドンキホーテの
馬の鼻づらの向ふところに行手あり
ドンキホーテの手に
武器のある間は敵がある
進め
進め
青春の勇気を労費せよ。


偽態

あなたの青春
あなたの若さよ
いらだつてはいけない
おののく心を押へるには
ぬるま湯でのむ
カルモチン
ベロナール
眠気は恋も忘れてしまふ
男の真実は八百屋に売つてゐる
おのぞみのものを
お選び下さい
大根でも八ツ頭でも
私のいふことに嘘が多く
眼くらめく言葉の綾、
こゝと思へば
またあちら
私の真実はつひに貴女に捕へられず
私はむなしく
貴女に偽態の詩人といはれてしまつた
あゝ、情けない
情けない
私は個人主義者で御座います、
自分を救ふことが
私にとつて第一の事業で
それがすんだら、他人のために物語りをする
私は第一の事業は終りました
いまは物語りの真最中です
偽態とおもはれるものは
人々がのぞくために着てゐる
特別製の
私のマントであるかもしれない
でもあんまり
内輪はのぞかないで下さい、
偽態結構、
虚言結構、
私は路を知つてゐる
それは私が傷ついた路だ

地下鉄

デパートの地下室の
生け洲の中の
鯉のものうい動きを
煙草を吸ひながらみてゐる
私は前後左右を
たくさんの人にとり囲まれてゐる
この人たちはかならず
買物にきてゐる人でもない
私と同じに鯉をながめたり
噴水の水玉のあがるのをみてゐたりして
ぼんやりと時を労費してゐる
カナリヤの夫婦がキスをしてゐれば
靴下をはかない女の人も通つてゆく
私はそれからフラフラと
地下鉄に降りてゆく
不潔な煙筒に
入りこんだやうな不快感、
粉砕するやうな
音響をたてゝ
突入してくる電車、
眼を射る実験室的な
青い落下光線
幽霊が手で押して締めてゐる
ドアーヱンヂン、
赤子のやうに鳴る警笛、
ぼんやりと立つ
私はたいへん疲れてゐるやうだ
一九四〇年代の倦怠であらう
闘はざる勇士にも
ときには疲労も
襲つてくるであらう


夜の十字路

喜びいさんで節電す
明るさよりも
暗さに馴れる
国民の心がけ
ネオンは消され
夜の街
人々の享楽も影をひそめ
影のみ日増に濃くなる
うろつくものは
人か影か
陥ちこむ穴
地下鉄電車の入り口
ふいに砕けて眼を射るのは
電車のスパーク
青はよし
ニヒリストの心
ピイと口笛吹いて
私は呼んだ
私の子犬を、
私の影
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