るへる心臓をどうするのだ
どうしてこれを他人が押へようとするのか、
いまこそ知らせてやれ
いかに詩人とは生活が滑稽で
語ることがをかしくて
道化者のやうであるかを知らしてやれ
さて詩人の生活をものの二時間も語つてやれ
最初は面白がつて聞いてゐた奴等も
しだいに憂鬱な顔になるだらうから
秘密をさらけ出す詩人の性情は
すべてに憎まれるか迷惑がられる
それを怖れるな
大きな秘密を発見して
それを大きな考への下に披露してしまへ。


耳鳴りの歌

私の耳の中では
ソバカラを鳴らすやうな
少しのしめり気もない乾ききつて
鉄砲をうちあふやうな音がきこえた
私は心で呟やく、あゝ、まだ戦争がつゞいてゐるのだと
とてつもない大きな大砲の音がひびく
ほんとうの戦争よりも激しい
貧困とたゝかふ者もある
そして夜がやつてくると
どしんどしんと窓は何ものかに
叩きつけられて一晩中眠れないのだ

やさしい秋の木の葉も見えない
都会の裏街の窓の中の生活
ときをり月が建物の
屋根と屋根との、わずかな空間を
見せてならないものを見せるやうに
しみつたれて光つて走りすぎる
煤煙と痰と埃りの中の人々の生活も
これ以上つづくであらうか
愛といふ言葉も使ひ古された
憎しみといふ言葉も使ひ忘れた
生きてゐるといふことも
死んでゆくといふことも忘れた。
ただ人はゆるやかな雲の下で
はげしく生活し狂ひまはつてゐる。

私の詩人だけは
夜、眠る権利をもつてはいけない
不当な幸福を求めてはならないのだ
夜は呪ひ、昼は笑ふのだ
カラカラと鳴るソバカラの
耳鳴りをきゝながら
あゝまだ戦争は野原でも生活の中でも
つづいてゐるのだと思ふ。
そのことは怖れない
人民にとつて「時間」は味方だから
人と時とはすべてを解決するのだらう。


霧の夜

濃い霧は
私をうつとりとさせてしまつた
一間先も見えない
そこで私は一歩一歩前へあるいた
すこしづつ前方が見えてきて
あつちこつちで
ざわざわと人の立ち騒ぐ気配がした
しかし霧は濃く
人の姿はなかなか現はれない
なんと寂しいことだらう
しだいに襲つてきた霧は
すつかりと私をとりかこんで
わづかの空間をのこしたきり
私は正しくものごとを考へ
正しくものを視透す場所を
誰か他の者の手によつて
計画的にせばめられてゆくとしたら
それは恐ろしいことにちがひない
人々と心の連絡も切れてしまひ

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