とは思つてゐない。自分の心の城は崩れたのである。しかもそれはもつとも自然な状態に於て崩壊したやうに思はれる。

(入力者注)
底本には中野重治による「序」が掲載されている。ここではそこに引用されている小熊秀雄自身による序を独立させて収録した。

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通信詩集


馬の糞茸

なつかしい馬の糞茸よ
お前は今頃どうしてゐる
馬の寝息で心をふるはせ
馬小屋の隅で
ふしぎに馬にもふまれず
たつしやにくらしてゐるか、
春だものみんな心をふるはしてゐるだらう
お前の友だちの土筆はどうした
ひよろひよろした奴であつたが
気だては風にも裂けるほどの
優しい奴であつたが、
蝶々は相変らず飛んでゐるか、
なつかしい馬の糞茸よ
僕は都会にきて
心がなまくらになつたよ
靴をみがくことと
コオヒイをのむことを覚えたきり
なんの取柄もない人間となつた
馬小屋から馬をひきだすとき
奴は強い鼻息を
私の胸にふつかけたものだ
都会では私の、胸のあたりに鼻息を
ふつかけにやつてくるものは
悪い女にきまつてゐるよ
こ奴は私の胸にしがみついて
――あんた支那そばををごつて頂戴、だと
卑しい卑しい白粉臭い都会
私は田舎の土の匂ひがなつかしい、


ふくらふ

私の梟は
かなしみの中に
とぢこめられて眠ることができない
ばたばたと樹から樹へとぶ
そして唄ふ
――オー、オ、オ、オ、
  生れねばよウ
  オ、オ、オ、オ、オーイ。
私のふくらふは
恐怖を愛し
疑惑を楽しんでゐる
夜の巫女だ
曾つては予言者であつたが
いまはずつとたれより
いたいたしい心で祈る巫女だ
私のふくらふは
すべての眠りの中で
憎しみを歌ひ
すべてのものの夢の間に
撒きちらす魔法の粉のやうに
醒めても去らない
痲痺を撒く、
私のふくらふは
ふりまくものをもつてゐる
それは夜の間に歌ふといふことだ、


不眠症

私の太陽よ
お前は暁になることを
ぐづぐづしてゐるぞ
私のまんじりともしない眼は
月の光りにも劣らず
夜通し光つてゐる
夜の周囲のものは
ほゝゑんでゐるものはひとつもない
私の心もまたニコリとも笑はない
私は夜毎考へ
考へ疲れることを知らない
人々の不幸に就いて
また自分の不幸に就いて
ずいぶん長い間考へてきた

ながい、ながい夜、
微笑するものもない夜、
声たてるものもない夜、
窒息的な夜、
時計の針はてん
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