ゝで読者諸君と無駄話をしよう、
――人生は永遠なり、といふ世間的な
解釈を僕は信じてゐるものだ、
僕の詩は、閑日月ありだ、
詩は短かいほど純粋なり――といふ
見解をもつた読者は、他の詩人の読者であつても、
僕のための読者ではない、
この種の読者は、日本の長つたらしい
糠味噌臭い小説は読む根気はもつてゐても、
詩人の詩の長さは否定する、
小説には気が永く、詩に対してはセッカチな読者、
この種の読者は、僕の詩をこの辺で放りなげて欲しいものだ、
僕は驢馬のやうに路草を喰ひたいし、
愚かなことを、ながながと語りたいだけだ、
詩の結論――勿論そんなものはない、
結論とは繩のことだ、
僕は諸君をしばる繩をつくりたくない、
僕は詩のリズムを考へない詩人のやうにも
考へちがひをしないでほしい、
ただ世の詩人のやうに
今時七五調のリズムで歌ふ勇気がないだけだ、
『月は糞尿色の雲に取りかこまれ
地へむかつてしたたり落ちる月の光りは
黄金色に稲穂をそめる、
風がやつてきて月の光りを払ひのけると
稲穂は色あせて、
百姓の子供のやうに白く痩せて立つてゐる』
この程度のリズムなら認めるし
かういふ美文が読者が嬉しいのならいくらでも書く、
僕は毛脛をぼりばり掻きながら詩を書いてゐる、
作者が緊張してゐないのに
読者が緊張して読んでゐてはおかしい、
しかも僕はうとうとと
居眠りさへもしてゐるのだ、
省線電車の中で
疲れた子供が体をぐにやぐにやに
柔らかにして眠つてしまふやうにだ、
そこで母親はあわてゝ『これ、これ』と揺りうごかす、
もし読者諸君に作者に対する愛があつたら、
――おい、君、どうした、起き給へ、
そして詩のつづきを語り給へと
僕をゆり起してくれるだらう、
そこで僕は慌てゝ飛び起きる
突拍子もない高い声で話の続きをしやべりだす
ところで民衆の意志派達は
丘の上に立つて農民達に向つて
『われらの農民よ、
自由のために立て――』
と叫んだとき、
燕麦の刈入れに忙がしい百姓達は
ちよつと手を休めて演説者を見上げた
『わしらの為めの旦那衆、
立て、立て、言つても、立つて居られねいだ、
かういふ中腰の恰好でなくちや
燕麦ちゆものは刈れねいだから――』
ときよとんとして辻褄の合はない挨拶をした、
そのとき演説者は
なんて百姓とは判らず屋だらうと
すつかり感傷的になつて
天を仰いで大げさな身振でかういつた
――おゝ、メランコリイよ
おれのロシヤよ、憂鬱な存在だ、
お前の何処の隅に行つても
牛の尻に糞がくつついてゐるやうに
憂愁《トスカ》がくつついてゐるのだ
そこで彼はぶつぶつ呟やいた
解放された農民が
燕麦のことばつかりで
頭の中をいつぱいにしてゐるといふことがあるか、
立て、立て――と焦々と
インテリゲンチャ達は悲しげに喚きたてた、
当時のロシヤでは世の有様は
絶えいるやうな絶望が
地上の空気の一切を色濃くとぢこめてゐた、
ナロードニキ達はヒステリイ化した
彼等の理論家ミハイロフスキイの書く物は
理論のくせにお伽話よりも面白かつた
読者をゲラゲラ笑はせながら
啓蒙的であつたのだ、
ところで曾つての日本のナロードニキ達の
評諭はどうであつたか、
現在残存するところのナロードニキ達はどうか、
ユーモアなものを股の間に
ぶら下げてゐる人間とは思へないほど
ユーモアといふものを解しない奴ばつかりだつた
木の皮だつて、この連中の書く
理論や小説よりも気の利いた味がする
啓蒙とは――つまり笑はせることだといふことを知らない、
真理を嗅ぎ出すトガリ鼻が
たくさん集まつて始めて
この国も文化的な国の資格がある
殿様、若様、坊ちやま、男妾に類した
ノッペリとした面付をした文学
もちまはつた肌ざはりの悪い散文精神、
その種の文学が幅を利かす、
そして我国には諷刺文学が生れる必然性がない――
などと合理化したり逃げを張つたり、
アゴのしやくれた文学、トガリ鼻の文学の
若い芽を摘むことばかり、強いヤキモチが、
それは文学上のヤキモチでなく
杜会的立場からのヤキモチを焼く、
芥川龍之介はさすがに偉らかつた、
彼は杜会的な風邪をひいて
鼻水をだらだら垂らしながら死んでいつたが、
目本の文学の残された仕事に就いて
遺言をのこして死んでいつたが
曰く『鼻の先だけで暮れのこる――』と、
×
『僕は学生なんです――』
とその時、学生は改まつた口調でしやべり出した、
そこで私は彼を押しとどめた
『まあ、さう学生を強調し給ふな』
教科書の頁を飛ばして読まうが、
飛ばして読むまいが
卒業後の就職には一苦労することは同じだ、
出来ることなら学生らしく頁を飛ばさないで、
また、在学中に、作家廻りなどの
悪い癖をつけないがいゝ、
『僕は就職はあきらめたんです
諷刺文学をやら
前へ
次へ
全25ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング