うと思ふのです
よろしく御指導下さい――』
『それはよからう、ゴーゴリの小説に
出て来るやうな人物が
われわれの国には少なくない
人物はゐる、しかし作品が出てこないのだ
君もまた人物としては、諷刺的存在だ、
しかし君は自分の個性を圧倒するやうな
真理の上手な語り手になれるかね、
もし成りそこねたら、
他人が君をカルカチュアのしつ放しで
君は滑稽な人物として一生を終ることになる、
だから諷刺作家になるなら
諷刺負けをしないやうに
大いに諷刺で他人に攻勢に出るんだね、
それがなかなか難しいんだよ、
学生よ、
まあカユイところに手が届かないといつて
さういらいらするな
背中を出し給へ、僕が掻いてやらう、
もし僕が君の背中を掻いてやつて
それで君の気が楽になるのなら
諷刺作家志望などを取り下げて
工場の倉庫番にでも就職し給へ、
ほんとうに君が素裸になつて
自分で自分の背中を掻く力がでたら
また改めて僕の処に訪ねて来給へ、
馬だつて横木に背中をこすりつけて
ごりごりと掻く智慧をもつてゐるよ、
どうせ我々の背中は
千年待つても誰も掻いてくれる筈がないさ、
君はどうも背中が掻くなつて
僕の処にやつてきたらしい
学生よ、ちよつと顔をあげて見せ給へ、
立派な人相だ、
シャクレた頤、諷刺家の骨格を充分備へてゐる、
手の指の動作も、
何物かを掴まなければやまないといつた
美しい痙攣をしてゐる
鼻の利く奴、遠眼の利く奴、
速歩、跳躍的な奴、
お前、諷刺家を望む青年の
骨格上の惨忍性に光栄あれ――、
×
ネバ河の葦の生へた辺りを
うろうろしてゐた一人の男がゐた
彼はそこに立つてぶるぶるつと身ぶるひし
古モーニングを着た狼の恰好で
汚れた毛のぬけた外套の襟を掻き合せたものだ
奴は狼の良い習性を
全く身につけたやうな精桿な男であつた
ステッキをコツコツとついて黙想しながら
ロシヤの将来について考へながら
河岸を歩るいてゐる間に
ステッキの音によつて地の中に
ガラン洞な一個所のあることを発見した
――おや、これは美しい俺の運命がひらかれる時が来た
こいつの穴に生命を投げこむのは
俺の習性にピッタリしてゐるぞ――、
彼はそこで河岸の一枚の石をはねのけた
そこには何処かに通ずる
暗い横穴があつた
彼は石の上蓋をのけてその穴の入口から
地面の中に潜りこんでしまつた
×
ロシヤの霧隠才
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