労とが
彼を眠りの中に一気に引きこんだ
大西は睡魔と闘ひ、非常に努力しながら
とぎれとぎれにアリランの歌をうたひだした、
 「アリラン
  アリラン
  アラリヨ
  アリラン峠をこえてゆく
  富と貧しさは
  まはりかはるものなれば
  汝等、なげくなかれ
  いつかは君等にも来るものを」
歌ひ終つたとき全く眠りが彼をとらへてしまひ
どこか遠くの方でサクラ子の声をきいた、
サクラ子はじつと大西の歌をきいてゐたが
「おぢちやん、こんどはあたいが歌ふ番だわ
 おぢちやん、おぢちやん、
 ―坊やはよい子だ、ねんねしな
  坊やの、お守はどこへ行つた
 おぢちやん、おぢちやん、おや、ねんねしてしまつたの
 ―あの山こえて、里行つた、
  里のみやげに、何もらうた」
サクラ子は小さな手で大西の胸を
歌ひながら夢うつつで軽くたたきながら
サクラ子が育児係大西を寝せつけた
やがて大西は雷のやうな、いびきをかき始め
つづいてサクラ子も小鼻をピクピク動かしてゐたが、
まもなく二人とも深く寝入つてしまつた、
すると周囲の草が、吹き過ぎる風の
衝撃をうけて生きもののやうに動き始めた、
人々がこんこんと寝入るときに
自然が怒る時を得たかのやうに、

   四十八

翌る朝、原つぱの上に陽が
高くあがつてしまつても
二人は死んだやうに寝入つてゐた、
まもなくサクラ子が眼をさまし
寝入つてゐる大西の枕元に
行儀よく、きちんと坐つたまゝで
大西が起きるのを何時までも待つてゐた、
大西があわてゝとびをきて
面目なささうにあたりを見まはし、
それから二人は沈黙がちに歩るきだした、
とつぜん理由のわからぬ怒りがこみあげてきた、
「おれたちは野宿をしたのだ、
 誰がそんなことをさしたのだ
 母親をなくしてしまつた可哀さうなサクラ子、
 ぐうたら詩人尾山を父親にもつた可哀さうなサクラ子
 最初の人生を野原に寝て味はつた可愛[#[愛」に「ママ」の注記]さうなサクラ子
 この子をこれから誰が育てるのか、
 託児所をつくれ」
大西はカッと眼をみひらいて空を睨んだ
そのとき朝の太陽は
「そいつは俺の知つたことぢゃない、
 お門違ひだ、託児所のことは政府に頼め」
と太陽はゲラゲラ笑つたやうに思はれた、
「おぢちやん、何をそんな怖い顔をしてゐるのよ、
 サクラ子、お家に帰りたくなつたの」
「お家へ帰らう、そして厳
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