ゝ、蟇よりも、蛙よりも、オタマジャクシよりも劣弱だ
大西三津三は別れる蟇に敬意を表し
サクラ子の手をひいて歩るきだした。
四十三
周囲は暮れかゝつてきた
思ひがけないさびしい郊外の原つぱに来てゐた、
遠くには瓦斯タンクが黒くそそりたち
家々も離れ点在してゐた
蟇と戦つて思はぬ時間を費したのだ、
街の灯がはるかに空に映つてゐる
――サクラ子ちやん、遅くなつてしまつたよ
いそいで帰らう
大西がサクラ子を引きたてた
サクラ子はお河童の髪を横にふつて
――あたい、お家に帰らないの、と言ひだした、
大西はおどろいてあわてゝ手をひつぱると
サクラ子は草の上にぺたりと坐つてしまつた
――どうしてお家に帰らないのサクラ子ちやん
――あたいお家が嫌になつたのよ
ママちやん死んじまつたし
パパはもうあたいを可愛がつてくれないし
よそのおばちやんが
あたいの毛布をとつてしまつたの
だからおぢちやんとこゝに寝るの
――仕方がない、彼女が野宿をしようとするなら、止むを得まい。
四十四
大西は枯草を集めてきて敷いた
その上にサクラ子を寝せ
大西の片腕を枕にさせて
一枚のレインコートを二人でかけた
それでどうやら夜冷えは避けられさうだが
心と眼とは益々冴えるばかり
――ねえ、おぢちやん何かお話をして頂戴
――おぢさんはお話をさつぱり知らないんだよ
――どんなでもいゝから話してよ
――何か無いかな、短かくてもいゝかい
――どんなんでもいゝの
――それぢや話さう、昔々あるところに
お爺さんとお婆さんとがをりました
お爺さんが歳をとつて死にました
それからお婆さんが歳をとつて死にました
――まあ、おもしろいわね――。
四十五
仰向いて寝ながらみる夜空の美くしさを
サクラ子は早くも発見した
大西は子供の美に対する感受性の早さに
大人の詩人は到底敵はないと心に思つた
地上に寝ながら満天の星をみてゐると
物理的な錯覚にとらへられる
地球もまた空間に浮んでゐるものとすれば
自分は地球の外側に浮彫りにされて動きがとれず
寝て眺めてゐるのに、空は星をちりばめた
一枚の直立した壁で
それに真向ひに立つてゐるやうな気がする
――おぢちやん、あのお星さまは奇麗だわね
指さすサクラ子の指の先には
たがひに手をひきあつて労はりあつてゐるやうに
七つの星がふらふらとゆれてゐた
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