は、そちら。
彼女が男の詩人達にそれぞれ階級的所属を指図し、
片つ端から整理したやうなものだ、
詩人の大西三津三彼もまたコンミニスト入りの
契機を彼女に与へられた。
十
悪意の無い男を
誰かに求められたら
私は躊躇なく大西三津三を挙げる、
現実は狡猾で詐欺的なところだ
そこねられない人間が
狡猾な世界に一人でもゐるといふ事が既に奇蹟だ
彼は二十五歳だ、
少年のやうな可愛い眼をしてゐる、
女に対しては謙遜で
女の命令は絶対的にまもる
彼に言はせると
女は真実で真理そのものだ――、といふ
『女を欺すのもよからう、
僕は女に欺されよう、女に最後まで欺されよう』
その結果はどうなるだらう、
男はほんとうに心から
女に欺されたものなどは一人だつてゐない
多くは欺されさうになると
切りあげてしまふ――と彼はいふ。
十一
大西の欺され方は徹底してゐる、
女は最初彼を欺むく
女が欺す手段がつきたときは
彼女は純情になるさ――、
根気のよい男だ、
トコトンまで女の感情に
追従してゆく強さをもつてゐる。
彼が予見したやうに
女が純情を捧げだしたとき
彼は逆に優位者の立場に立つ、
彼は勇者のやうに
今度は一歩も退却しない、
彼は幾人かの女に欺され
最後には女に感謝された。
十二
彼は水が引くやうに
あつさりと女から手をひく
女には勝利の想出が永遠にのこるのだ、
りん子の詩集出版記念会が
新宿の小さな喫茶店で開かれた、
大西は詩集を彼女から贈られ、
彼女の噂もきいてゐたので
多分に興味も手伝つて会に出掛かけてゆく、
三十人程の詩人が集つた、
彼女は少女のやうに
自分の席から眺めまはす
個々の男との交際は多からう、
しかし斯う沢山の男が自分を中心に集つたといふ
始めての経験が彼女にとつては珍らしく
顔を栗色に輝やかす。
十三
彼女は来会者をながめ
知人や好意のもてる人には
強く意味ふかい視線を送る。
会は楽しくない、白けきつてゐた、
彼女を褒めることは彼女に惚れ
批評することは悪くいふことになつた、
詩人達は早く会が
終ることを望んでゐた、
温和で陰鬱で飛躍的な動作をとる詩人達の性格が
焦々とその飛躍の時を待つ
誰か素晴しいテーブルスピーチで
その場を弾力的なものにしなければ
無言劇に終りさうだ。
十四
六人の詩人が卓上演説をやつた、
大西
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