に支へをつくる、
子供の習字の紙を小さく切つて、
部屋や、物置小屋の窓といふ窓へ目貼りをして
風と雪との侵入に備へた。


    2

これらの冬の準備は、北国の人々の敏感さで、
金のある者は有るやうに、
金のないものは又無いやうに、
それぞれの予算の中で
非常な素早さをもつて手順よく行はれた、
全く貯へのない家では
河岸から板切れを何枚も
拾ひ集め、ムシロを集め
いらだちながらそれらの物を手当り次第に
釘をもつて家の周囲に打ちまくり、
林の木の葉の
最後の一枚が散りきつたと思ふときに
空は急に低くなつたやうだ、
そして周囲は急にシンとしづまつた。
その静けさは、長い時で三日、或は一日つづいた、
短いときはほんの数秒間、
不意に咽喉をしめつけられたやうに
村の人々が呼吸をとめた、
そのしづけさに耳を傾けて聴き入つた、
村の人々は立つたり坐つたり
家の戸口に出たり入つたり落着かない、
馬車挽はそはそはと幾度も
馬小屋の馬を用もないのに覗きにゆく、
この天地の静けさが極度に達したと思ふと、
海から、周囲の山蔭から、
数千の生き物が、手に手に
木の杖をもつて、コツコツと土を突いてやつてくるやうな、
ざわざわといふ、ざわめきが遠くにきこえ、
近づいてきた、
この得体の知れない主が
村を一眼に見下ろすことのできる
山の頂に辿りつき
これらの生きもの達は、不意に叫びをあげ、
村の上にその重い大きな胸をもつて倒れかかつた、
人々はハッと思ふと、もうこれらの群の姿はない、
ただ山といはず、野といはず村といはず、
すべてを掩つて白い雪のマントを
拡げて立ち去つた、
人々は始めてホッと長い長い溜息して
たがひに顔を見合せる。


    3

雪が来ると、この最初の雪は愛撫の雪、
山峡の村は一時ポッと暖くなり、
寂しい秋を放逐してくれた新しい
冬の主人を迎へたやうに瞬間感謝の気持になる、
村の娘たちの頬ぺたに朱が加へられ、
毛糸の青い手袋で、こすればこする程
頬は林檎のやうに赤く可愛くなつた。
寒気がつのつてくると娘達の頬は
こんどは紫色にかはつてくる、
水仕事や、薪切りや、父親が山から炭を
手橇で村まで運びだす後押しをしたり、
娘たちはさまざまの生活の
ヒビ割れが手や頬にできる、
漁師たちは冬がくれば杣夫になり
春がくれば百姓が今度は漁師にかはる
漁師はとほく牧草刈に行つたり、

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