少年といつた格好をしてゐる。
これら午後の都会の空をとびまはる鴉は、日没のちかづくに随つて、彼等の感情は、異常な青さとなつて輝いてくる。ますます怪しいふくざつな感情と変化する、遥に颶風《ぐふう》の空から舞ひ降りて、斬首人《ざんしゆにん》のしやつぽに休息するほどの、捨身な感情とまでなつてしまふ。そして電柱から電柱へ、屋根から屋根へ、いつこくも落つかない飛行をくりかへす。
なかには、繁華な街の十字路の、乾ききつた、埃だらけの地面におりた鴉は、すりきれ果てた、みぢめな尻尾を、さかんに土にふり廻して、倦怠な楽書《らくがき》をやつてゐるすがたが、殊更日暮れの空気と調和した。なやましく退廃した景色となる。
私は夜の鴉の生活をしらないが、日没どきのぼんやりとした、空の明るさの中に、すつくと黒く伸びた、高い裸木《はだかぎ》に、果実のやうに止まつてゐた、鴉の集団を見あげたことがある、どの鴉もみな、あるきまつた間隔の距離に、ひつそりとした沈思を続けてゐるすがたが、いかにも暗示的で可愛らしい。
鴉は、朝と昼と夜との、三つの異つた個性と感情をもつてゐる。
この個性と感情は、をりをりの違つた空気と風景とによつて、さまざまに変形する。いくつにも細かに変形する。
わたしはこの不可解な友人を、たんに悪徳と怠惰の鳥とは見ない。多く逸楽し、多くの頽廃を知る人間は、多くの人生を知るやうに、わたしはこの悪食の友人を、たんなる鳥類とは見ない、わたしは他のさまざまの鳥類が、やさしく美麗なる羽をひろげて、純情のままに大空をかけめぐる、無心のすがたも愛らしいが、総《あら》ゆるものの、醜悪と腐敗の燐光を放つてゐる。私等人間社会に、もつとも密接な巷の土にきて、わたしらの生活に似かよつた、生活を営んでゐる、愛らしい鴉の感情を憎む気にはなれない。
ことに彼が、人間にも似た確《しつか》りとした理智の眼をもつて居り、同時に彼が、友人とはげしい争闘をするときは、嵐のやうな激情の、凄まじい男性味をもつてゐる。
私は彼を憎めない。彼が青い模様のついた、黒いマントを地面に引きずつて、ぴよん、ぴよんと、片足で歩いてゐるすがたを、じつと見てゐると、その黒色のもつ暗示の魅力に、いつの間にか、ずるると引きこまれてしまふ感情となる。
底本:「新版・小熊秀雄全集第1巻」創樹社
1990(平成2)年11月15日第1刷
入力:浜野智
校正:八巻美恵
1999年4月14日公開
1999年8月28日修正
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