して
夜な夜な灰色の夢に忍び
いまさら傷ついた俺の魂を返し
柔らかいキスで
俺を釣らうとするのだが
お前の魂のかけらが
狂はしく手に燃焼するまでも
俺はいつかな返へしはせぬ
   ◇
俺は! 俺は俺は
煖炉の焔に熱した呪詛の烙印を
お前の額の白い肉に押しあて
ぢりぢりと焼けたゞれる匂ひと
おくれ毛の燃える匂ひを
存分に吸はしてくれるまでは
お前の
魂のかけらは永遠に返しはしない
  一九二三、一、一二


天井裏の男

ひしやげた屋根の下に暮らす俺達の心は
みんなひねくれなものだよ
この灰色の六畳間を
俺はあつちから! こつちへ
何回同じことを繰り返したことであらう
見ろ
こんなに成つてしまつた
さゝくれ立つたすり切れた
じめじめと陰鬱の涙のこもつた
薄汚ない古畳を

その部屋の真ん中に
『望み』といふ碌でもない屑綿を
どつさり詰め込んだ
向ふ見ずの乱暴者の
煎餅蒲団の反撥を
じつと尻の下に押さへつける仕事もあんまり
楽な仕事ではない

傷だらけの机の上の
偽善者の出しや張屋の
真鍮の豆時計と一日にらみあひ
俺の頭の髪に一本でも白髪の多くなりますやうに
一日も早く地球が冷却して行きますやうに
この善人が速に地獄に墜ちますやうに
俺はお祈りして居るのだ……


海底の凝視

なんといふ混濁のみな底だ
俺の凝視をちから強く追ひ返す
みな底の
凝視の主はだれだ。
   ×
砂にうづもれた
重い赤銅の壺であつたなら
あをい燐光をはなせ
漆黒の
魔女の脱け毛であつたなら
なよなよと
水面に浮かんでこい
   ×
おお…俺は…お前の
どす黒い水の厚さに魅せられて
心のふるひが止まらない
心のふるひが止まらない
   ×
おお…それは
しんとしたうす暗い深林の
黄昏の炎樹に
なかよく抱きあつて死んでゐる
白い獣達のながす
赤い液体が
谷底の苔をつたつて海にいり
砂鉄の微粒となつて
魅力の凝視をはなすからだ
   ×
ああ…月が出て月が出て
歪んだ月が出て
水面の皺が
にやにやと笑つてゐる。
青じろく
笑つてゐる。


乳房の室

壁も天井も丸テーブルもすべてが肉でみんなぶるぶるふるへて
みんなだるい汗をながして
歩るくとじわじわと音がして
からだが上つたり下つたりする
棚におかれた肉製の百目蝋燭が
げんわくの香気をはなして
じゆじゆとあぶらのもえるやうに
恋のほのほがねんせうする
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