信柱の行列が手ぢかな所に立つてゐるのから順々に雪の地上にばたんばたんと恐ろしい音響を立てて横に倒れて了ふし、それは静かなうちに賑やかな街の風景であつた、私はまづこのとろんこの眼をして寝静まつた大通の中からなにかしら動物の相棒を探してやらうといふ考へから道路の真中に震へた感情の両足の安定をたもつために少からず脳神経をなやましぐつと反り身になつて辺りをぎろぎろと嗅ぎ歩いたが私の瞳孔は散大して了つて愛する友人の一人も発見することが出来なかつたのです、地球壊滅の日に生存した人間のやうに生物をひた恋しく私はさびしい気持であてもなく探しあるいたがひつそりとした深夜の空が明るいばかり月は北国の月の青さで丸さで照り返してもみんな青い白さである街はあんえつの湯たんぽの上気でもうろうとねむつて居るのです、ちやうど其時ですつひ足もとの大地の上にひろびろと青い冬の明るい雪にいつぴきの黒くくまどられた犬が足のみぢかい犬がアンリー、ルーソーの犬がひよつこりと突立つてゐたのです、私はこの善良なる友人を得た喜びにじつと上から犬を見下ろしてゐたのです、すると遠くから「おうおうおうおう」と犬の遠吠えが聞えると私の友人の犬も「おうおうおうおう」とどうやら涙をながして吠えるやうです、するとあつちこつちの暗がりから「ぞろぞろぞろぞろ」と色々の服装をした犬の仲間の奴が出てきて五匹も十匹も出てきてべらべらの長い耳を動かし前肢をきちんと揃へてみんなで揃つて空に向つて吠えるのです、じつと見てゐた私はいつの間にか犬の感情の中に「おうおうおうおう」とみんなといつしよになつて吠えてゐたのです私の犬は急に月光が怖ろしくなつて尻尾をまるめてしまひ空と大地の限りなくひろびろとした不可思議さにまたは人間の呪詛する「おうおうおうおう」といふ遠吠にけんめいな犬の一匹となつて平穏に熟睡した月光の街にぽかんと突立つて居たのでした―一九二四、一、二〇―
散文詩 白痴アンリー・ルーソー
誰がこの幅広い道路を真直に歩行する馬鹿者が居るか、恐らくは皆なよなよとした感情の通行で路傍のハモニカにも耳を傾けるロマンティストの幌馬車に乗つた青白い紳士の群ではないかあの愚鈍なる馬鹿者、仏蘭西《フランス》の税関吏アンリ、ルーソーの足つきの真似が出来るか灰色の純情を押しとほした歩行の匂ひでも嗅いで見ようとする悪人が一人でも居るか。評価された人間の相場は
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