のうれしき糧は酒なり』とまなこにつげといふはわれなり
この床に踊りつかれてねいるごといのちをはれば満足ならむ
こもり居て親をおもへば金鼓《きんこ》うち踊るわれなり歌ふわれなり
聖人《ひぢり》のまね
日の落つる丘に手をくみ眼をつぶり聖人《ひぢり》のまねをなしにけるかな
まねなれど聖人《ひぢり》の真似《まね》のたうとけれ海にむかひておもふことなし
めをつぶるひぢりの腹にしんしんとさびしくひくく潮鳴りきこゆ
にせものの聖人は腹のすきければ聖人をやめてたちにけるかな
眼ひらけば入日は海にひろがりてあかくするどく眼に沁みしかな
にんげんのこころとなりてたちあがり着物の土を払ひけるかな
つぶる眼のまぶたあかるく入つ日は海にかがやきしづかなるかな
潜水夫《もぐり》
寒天をたたえしごとき重々し海のうねりに潜水夫《もぐり》あらはる
みな底のもぐりの男かなしけれ妻のポンプをたよるなりけり
築港《ちくこう》の真昼の砂にさかしまに潜水夫《もぐり》の服のほされたるかも
ぶくぶくと水面に泡《あわ》のたちければ潜水夫の死ぬとおもひけるかな
国境
山道に赤き苺《いちご》の雨にぬれいろあざやかにこぼれあるなり
たえがたきうらさびしさにゆきずりの野草にふれぬ露にぬれつつ
みかへればはるかわが村一望のうちにおさまり河遠白く
らんまんに盆花さける隣国に一歩ふみいれなみだながしぬ
雑詠
朝の湯の湯気のくもりに老人がしんじつひたり念仏もうす
土手にゆけば土手の臭《にほ》ひのかなしけれ萌えてまもなき青草の土手
ダッタンの海のくろきに白鳥のうかべば羽のそまるとおもふ
春の夜の窓の硝子に頬よせて海のあかりにみいるなりけり
ひつそりとあたりしづかに風凪ぎの海のなぎさに砂音きこゆ
船子どもは声をそろへてくらがりの沖に夜網をおこすなりけり
ぬば玉の闇にかがり火たく船のふなばら赤く海にうつれり
晩秋の街
苦心して男のはりし赤きビラいま風きたりはぎてゆけるかも
十字路にけふもかがまりくるい女《め》はごみ箱のかげあかきもの食《は》める
犬の顔まぢまぢみれば犬もまたまぢまぢわれのかほをみしかな
すたすたとまぢめの顔しくろき犬旅するごとく街あゆむかな
なかなかに朝靄はれず酒造場の大いなる桶の箍うつきこゆ
大道のせともの売は皿と皿すりてさびしき音たてしか
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