[#「科学上の学会にも出席しない」に傍点]。委員にもならない。これは一つは議論に加わって、感情に走るのを好まなかったためでもあろうが、主として自分の発見に全力を集めるためであった。
食事に招かれても行かないし[#「食事に招かれても行かないし」に傍点]、たとい晩餐に出席しても、直きに帰って来る[#「直きに帰って来る」に傍点]という風であった。旅行先でも、箇人の御馳走は断わった。訪問を受ける時間にも制限[#「制限」に傍点]をもうけた。これでいかに自分の力を発見に集中したかが窺《うかが》われる。
田園生活や、文学美術の事にも時間を費さない。鳥や獣や花を眺めるのは好きだったが、さてこれを自分で飼ったり作ったりして見ようとはしなかった。音楽も好きではあったが、研究している間は少しも音を立てさせなかった。
四六 訪問と招待
時々、訪問者[#「訪問者」に傍点]があるので困った。ある朝、若い人が来て、新研究をお話し致したいと、さも大発見をしたようにいうので、ファラデーは面会して、話をきいた。やがて書棚にあるリーの叢書《そうしょ》の一冊をとって、
「君の発見はこの本に出てはいないか。調べたのかね。」
「いや、まだです。」
ファラデーは頁《ページ》をくって、
「これは四十年も前に判っている事ではないか。このようなことで、私の時間をつぶさないようにしてくれ給え。」
しかし、誰か新しい発見[#「新しい発見」に傍点]でもすると、ファラデーは人を招いて、これを見せたものだ。発見の喜びを他人に分つというつもりである。キルヒホッフがスペクトル分析法を発見したときにも、ファラデーはいろいろな人に実験して見せた。ブルデット・クート男爵夫人に出した手紙には、
[#天から4字下げ]五月十七日、金曜日、
拝啓明日四時にマックス・ミュラー氏の講演すみし後、サー・ヘンリー・ホーランドに近頃ミューニッヒより到着せる器械をもって、ブンゼンおよびキルヒホッフ両氏の発見したるスペクトルの分析を御目にかくるはずに相なりおり候。バルロー君も来会せらるべく、氏よりして貴男爵夫人もその時刻を知りたき御思召の由承わり申候。もし学究の仕事と生活とを御了知遊ばされたき御思召に有之、かつ実験は小生室にて御覧に入るるため、狭き階段を上り給うの労を御厭い無之候わば、是非御来臨願い度と存候。誠に実験は理解力のある以外の者には興味無之ものに御座候。以上。
[#地から2字上げ]エム、ファラデー
四七 質問
時々は手紙で質問し、返事を乞うた人もある。この中で面白いのは、ある囚人[#「囚人」に傍点]のよこした手紙である。
「貴下のなされし科学上の大発見を学びおれば、余は禁囚の身の悲しみをも忘れ、また光陰の過ぐるも知らず候」という書き出しで「水の下、地の下で、火薬に点火し得るごとき火花を生ずるに、最も簡単なる電池の組み合わせはいかにすべきや。従来用いしものはウォーラストン氏の原理によりて作れる三十ないし四十個の電池なるも、これにては大に過ぎ、郊外にて用うるには不便に候。これと同様の働きを二個の螺旋《らせん》にてはなし得まじく候や。もしなし得るものとせば、その大さは幾何に候や」というので、つまり科学を戦争に応用せん[#「科学を戦争に応用せん」に傍点]とするのである。
囚人でありながら、こんな事を考えていたのはそもそも誰であったろうか。後にナポレオン三世[#「後にナポレオン三世」に傍点]になったルイ・ナポレオンその人で、その頃はハムの城砦《じょうさい》に囚われておったのだ。
ナポレオンはその後にも「鉛のように軟《やわらか》くて、しかも鎔解しにくい合金は出来まいか。」という質問をよこしたこともある。「実験に入要な費用は別に払うから」ということまで、附記して来た。
ファラデーの返事は大抵簡単明亮であった。
四八 ローヤル・ソサイテーの会長
英国で科学者のもっとも名誉とする位置はローヤル・ソサイテーの会長である。ファラデーは勧められたが、辞退してならなかった[#「辞退してならなかった」に傍点]。
一八五七年、ロッテスレー男爵が会長をやめるとき、委員会ではファラデーを会長に推選することになり、ロッテスレー男、グローブ、ガシオットが委員の代表者となって、ファラデーに会長就任を勧めにやって来た。皆が最善《ベスト》をつくして勧めたし、また多数の科学者も均しくこれを希望しておった。
ファラデーは元来、物事を即決する気風の人で、自分もこれに気づいているので、重要の事はいつも考慮する時間を置いて[#「考慮する時間を置いて」に傍点]、しかる後に決定するというのを恒例[#「恒例」に傍点]にした。この時も恒例に従いて、返事は明日ということで、委員の代表者をかえした。
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