ース君はいつも朝の講演を聴きに来る。これはファラデーの話し方のまずい所や[#「話し方のまずい所や」に傍点]、発音の悪い所を見出すためで[#「発音の悪い所を見出すためで」に傍点]、ファラデーはその通り全部訂正はしないが、しかし引きつづいて遠慮なく注意してくれというていた。」
 ファラデーは前もって「ゆっくり」と書いた紙を作って置いて、講演が少し速くなり過ぎると思うと、助手のアンデルソンが傍から見せる。また「時間」と書いたのを作って置いて、講演の終るべき時間が近づくと、見せて注意するというようにしたこともある。
 よく雛形を持ち出して説明をした。雛形は紙や木で作ったこともあるが、馬鈴薯を切って作ったこともある。
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      晩年の時代


     四二 一日中の暮し

 ファラデーの一生は冒険もなく変化もない。年と共に発見もふえれば、名声も高くなるばかりであった。
 ファラデーの人となりは極めて単純である。しかしファラデーその人を描き出そうとすると、中々容易でない。種々の方面から眺めて、これを一つにまとめて、始めてファラデーなるものの大概がわかるであろう。
 ファラデーの一日のくらし[#「一日のくらし」に傍点]を記すと、八時間眠て、起きるのが午前八時[#「午前八時」に傍点]で、朝食をとりてから王立協会内を一とまわりして、ちゃんと整頓しているかを見、それから実験室[#「実験室」に傍点]に降りて行って、穴のたくさんある白いエプロンをつけて、器械の内で働き出す。兵隊上りのアンデルソンという男が侍して、何でも言いつけられた通り(それ以上もしなければ、それ以下もしない)用をする。考えておった事が頭に浮ぶに従って、針金の形を変えたり、磁石をならべたり、電池を取りかえたりする。それで、思い通りの結果が出て来ると、顔に得意の色を浮べる。もし疑わしくなると、額《ひたい》が曇って来る。考えた事の不充分のために、うまく行かないからで、また新しい工夫をしなければならない。
[#「王立協会内のファラデーの書斎」の挿絵(fig46340_04.png)入る]
 姪のライド嬢は実験室の隅で、針仕事をしながら、鼠《ねずみ》のように静かにしている。ファラデーは時々うなずいたり、言葉をかけたりする。時によると、ポタシウムの切れを水に浮べてやったり、あるいはこれを焔に入れて紫の光を出して、見せてやったりする。
 もし外国の学者でも来て名刺を通ずると、ファラデーは実験を中止し、今まで出た結果をちょっと石盤に書きつけて、階上に来り、親切にいろいろの物を見せる。帰ると、再び実験に取りかかる。
 午後二時半に昼食[#「午後二時半に昼食」に傍点]をし、それから書斎にはいる。室には、質朴な家具があり、窓の所にゴムの植木がある。ここで手紙を書いたりする。学会でもある日だと、出かける。帰ると、また実験室に行き、夕方[#「夕方」に傍点]にはやめて階上に来て細君や姪と賭《か》け事をしたり、謎をかけ合ったり、もしくはシェクスピアかマコーレーを声高に読む。その中に夕食[#「夕食」に傍点]になる。家族が集まっているので、朝出来なかった礼拝[#「礼拝」に傍点]をする。これで[#「これで」に傍点]、一日が暮れるのである[#「一日が暮れるのである」に傍点]。
 夏の夕方[#「夏の夕方」に傍点]には、細君や姪をつれて散歩に出かける。よく動物園[#「動物園」に傍点]に行った。新しく来た動物を見たり、猿がいろいろないたずらをするのを見て喜び、果ては涙ぐむことさえもある。
 また金曜日の夕方[#「金曜日の夕方」に傍点]だと、王立協会の書斎[#「書斎」に傍点]と講堂[#「講堂」に傍点]に行って、万事整頓しているかを見、その夜の講師[#「講師」に傍点]に挨拶し、友人が来ると、「よくお出で」と言い、講堂では前列の椅子に腰掛け、講師の右手の所に陣取る。講演を聞きながら、時々前にかがみ、講演がすむと、周囲の人々に「ありがとう」とか、「おやすみ」とか言いつつ、細君と一緒に階段を上って自分の部屋に帰る。時には二三の友人と夕食をとる。
[#「王立協会内の講義室におけるファラデーの講演」の挿絵(fig46340_05.png)入る]
 またファラデー自身が講師[#「自身が講師」に傍点]だとする。題目は前々から注意して撰み置き、講義の大体は大判洋紙に書き、実験図も入れて、番号まで附けておく。朝の中に覚えよいような順に器械を列べて置く。夕方になると、聴衆はどんどんと来て、満員になる。遅く来た人達は階段の所に腰を掛けたり、大向うの桟敷の後方にまでも立つ。その中にファラデーは、は入って来て、馬蹄形の机の真中に立ち、聴衆がまたと忘れられないような面白い話を始める。
 クリスマス前に[#「クリスマス前に」に傍点]、小
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