ーが欧洲大陸を旅行するという事件で、デビーはナポレオン皇帝から特別の旅券をもらい、夫人同伴で旅行する。そしてファラデーを書記として伴うことになった。
一八一三年九月に旅行の話が定まり、十月十三日ロンドンを出発し、同一五年三月二十三日に帰るまで、約一年半の間、フランス、イタリア、スイス、オーストリア、ドイツを巡った。
ファラデーはこのとき二十二才の青年で、最も印象をうけ易い年頃であったから、この旅行より得たものは実に莫大で、単に外国を観たというのみでなく、欧洲の学者を見たり、その話を聞いたりした。丁度普通の人の大学教育[#「大学教育」に傍点]に相当するのが、ファラデーではこの大陸の旅行[#「大陸の旅行」に傍点]である。
一三 フランス
この旅行についてファラデーは委細の記事を残した。これを見ると、デビーの友人の事から、旅行中の研究もわかり、これに処々《ところどころ》の風景や見聞録を混じているので、非常に面白い。
ファラデーはロンドンに育ったから、市外の青野を見ていたばかりで、小山を山岳と思い、小石を岩石と思っていたという次第である。それゆえロンドンを立ってデボンシャイアに来たばかりで、もう花崗石だの、石灰石だのという、ロンドンあたりでは見られぬものが地上に顕《あら》われて来たので、これが地盤の下にある岩石[#「岩石」に傍点]かと、その喜びと驚きとは非常であった。また海[#「海」に傍点]を見るのも初めてであり、ことにフランスの海岸に近づくと、熱心に南方を眺め、岸に着いては労働者を見て、文明の劣れる国だと驚いた。
それから税関[#「税関」に傍点]の騒擾《そうじょう》に吃驚《きっきょう》したり、馬車の御者[#「御者」に傍点]が膝の上にも達する長い靴をはき、鞭をとり、革嚢《かくのう》を持っているのを不思議がったり、初めてミミズ[#「ミミズ」に傍点]を見たり、ノルマンヂイの痩せた豚[#「豚」に傍点]で驚いたりした。
パリではルーブルを見て、その寳物[#「寳物」に傍点]を評して、これを獲たことはフランスの盗なることを示すに過ぎずというたり、旅券の事で警察に行ったら、ファラデーは円い頤《あご》で、鳶色の髪、大きい口で、大きい鼻という人相書[#「人相書」に傍点]をされた。寺院に行っては、芝居風で真面目な感じがしないといい、石炭でなくて木の炭を料理に使うことや、セイヌ河岸にいる洗濯女から、室内の飾りつけ、書物の印刷と種々の事が珍らしかった。
学問の方面の事を書いて見ると、デビーの所へアンペアやクレメントが来て、クルトアの発見したXという新しい物[#「新しい物」に傍点]を示し、これを熱すると美しい菫《すみれ》色の蒸気が立ちのぼった。それからアンペアがこの見本をよこしたので、デビーはファラデーを相手に実験[#「実験」に傍点]をはじめた。この物が何であるかということをフランスの学者は秘密にしておったが、後には海の草から取る[#「海の草から取る」に傍点]という事だけ漏[#「漏」に傍点]らした。これはヨウ素なのだ。
パリを立つ前に、ファラデーはナポレオンをちょっと見た。馬車に乗って、黄鼬《テン》の大きな長衣を着こみ、頭には天鵞絨《ビロード》の帽子を戴き、鳥の羽がさがりて顔もほとんど見えないばかりであった。この外にフンボルトにも逢い、またゲー・ルーサックが二百人の学生に講義をしてる所をも見た。
一四 イタリア入り
十二月二十九日にパリを立ち、郊外のフォンテン・ブローを過ぐる際、折りしも森林は一面に結晶した白い氷で被われて、非常な美観[#「美観」に傍点]を呈していた。リオン、モンペリエ、ニースを過ぎて、地中海の岸にヨウ素を探し[#「ヨウ素を探し」に傍点]、翌一八一四年の正月終りには、六千尺のコール・デ・タンデの山雪を越えて、イタリアに入った。チューリンにて謝肉祭に逢い、ゲノアにては電気魚[#「電気魚」に傍点]の実験をなし、これの起す電気にて水の分解されるや否やをしらべた。
ゲノアから小舟にてレリシという所に渡ったが、危くも難破せんとした。それよりフローレンスに向った。フローレンスでは、アカデミア・デル・シメント(Academia del Cimento)に行って、図書館、庭園、博物館を見物した。ここにはガリレオの作った望遠鏡[#「望遠鏡」に傍点]があり、筒は紙と木とで、両端にレンズがはめてあるだけだが、ガリレオはこんな粗末な物で、木星の衛星を発見したのだ。またいろいろの磁石を集めたのがあったが、中には百五十斤の重さの天然磁石[#「天然磁石」に傍点]もあった。タスカニイの大公爵の所有にかかる大きな「焼きガラス[#「焼きガラス」に傍点]」も見た。つまり大きなレンズに外ならぬ。これにて太陽の光を集め、酸素でダイヤモンド
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