の表現《へうげん》即《すなは》ち形式《けいしき》を論《ろん》ずる順序《じゆんじよ》であるか、今《いま》は其《その》暇《ひま》がない。若《も》し化物學《ばけものがく》といふ學問《がくもん》がありとすれば、今《いま》まで述《の》べた事《こと》は、其《その》序論《じよろん》と見《み》るべきものであつて、茲《こゝ》には只《たゞ》序論《じよろん》だけを述《の》べた事《こと》になるのである。
要《えう》するに、化物《ばけもの》の形式《けいしき》は西洋《せいやう》は一|體《たい》に幼稚《えうち》である。希臘《ぎりしや》や埃及《えじぷと》は多《おほ》く人間《にんげん》と動物《どうぶつ》の繼合《つぎあは》せをやつて居《ゐ》る事《こと》は前《まへ》に述《の》べたが、それでは形《かたち》は巧《たくみ》に出來《でき》ても所謂《いはゆる》完全《くわんぜん》な化物《ばけもの》とは云《い》へない。ローマネスク、ゴシツク時代《じだい》になると、餘程《よほど》進歩《しんぽ》して一の纏《まと》まつたものが出來《でき》て來《き》た。例《たと》へば巴里《ぱり》のノートルダムの寺塔《じたふ》の有名《いうめい》な怪物《くわいぶつ》は繼合物《つぎあはせもの》ではなくて立派《りつぱ》に纏《まと》まつた創作《さうさく》になつて居《ゐ》る。ルネツサンス以後《いご》は論《ろん》ずるに足《た》らない。然《しか》るに東洋方面《とうやうはうめん》、特《とく》に印度《いんど》などは凡《すべ》てが渾然《こんぜん》たる立派《りつぱ》な創作《さうさく》である。日本《にほん》では餘《あま》り發達《はつたつ》して居《ゐ》なかつたが、今後《こんご》發達《はつたつ》させようと思《おも》へば餘地《よち》は充分《じうぶん》ある。日本《にほん》は今《いま》藝術上《げいじゆつじやう》の革命期《かくめいき》に際《さい》して、思想界《しさうかい》が非常《ひぜう》に興奮《こうふん》して居《ゐ》る。古今東西《ここんとうざい》の思想《しさう》を綜合《そうがふ》して何物《なにもの》か新《あたら》しい物《もの》を作《つく》らうとして居《ゐ》る。此《この》機會《きくわい》に際《さい》して化物《ばけもの》の研究《けんきう》を起《おこ》し、化物學《ばけものがく》といふ一|科《くわ》の學問《がくもん》を作《つく》り出《だ》したならば、定《さだ》めし面白《おもしろ》からうと思《おも》ふのである。昔《むかし》の傳説《でんせつ》、樣式《やうしき》を離《はな》れた新化物《しんばけもの》の研究《けんきう》を試《こゝろ》みる餘地《よち》は屹度《きつと》あるに相違《さうゐ》ない。(完)
[#地から2字上げ](大正六年「日本美術」)
底本:「木片集」萬里閣書房
1928(昭和3)年5月28日発行
1928(昭和3)年6月10日4版
初出:「日本美術」
1917(大正6)年
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:鈴木厚司
校正:しだひろし
2007年11月22日作成
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