絶えず苦患を受ける、實に肉體といふものは惡いものであると考へて居つた、肉體を牢屋に比するといふ事も印度には釋迦以前からある所の思想である、而して人はどうかして精神をこの牢屋の肉體から救ひ出さなければならぬと考へ、此に樣々の解脱の方法が案出されたのであります、この輪廻の説や牢屋の説を考へるとピタゴラスの説はどうしても印度から得來つたものではなからうかといふ疑ひが起らざるを得ない、尚又印度人は肉食を禁じて居る、極古い時代には肉食もしたものでありますけれども、段々後になりますと肉を食ふのは惡いといふ考へで蔬食のみを取つた、是れは佛教ばかりでなく他の印度人も總て蔬食をやつて居る、無論酒を飮むことも惡いのでありまして、佛教の五戒の中にも又バラモン教の五戒の中にも之を禁じてある、併しながらピタゴラスの是を禁じたのは偶然の暗合であるとしても、蠶豆を喰べないといふことは實に不思議といはなければならぬ、印度に於ては極古い時から蠶豆は不淨のものとしてあつて、食ふべからざるものといふ思想が行はれて居つた、で紀元前數百年以前に出來たバラモンの書物の中にも蠶豆は不淨のものであるから食つてはならぬ、又是を神に供へ
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