るのもある、然う云ふことをやつて夫で以て宗教上大切な務をなすものと考へて居る、此等の苦行者には無論住所と云ふものが一定して居らない、方々彷徨うて居つて或は寺或は河岸或は木の下などへ往つてやつて居る、斯う云ふ行者も生きて居る間は食はなければならぬが何うして食物を得るかと云ふに、行をして居る間は自分で食物を取り來ることは出來ないが、ソコは印度であつて中々重寳に出來て居る、或る行者が何處其處の木の下に居るとか、或は水邊に居るとか云ふ評判が立つと其近邊の者は男女老少を擇ばず、皆態々供養の爲食物を持運んで來て呉れるので少しも不自由はない、而して苦行が終ると云ふ時は動もすると何千人何百人を限つて施餓鬼のやうな事をやる、此時も行者が一度信者に此事を言ひ出せば忽ちに其評判が擴がつて、諸方の信者が爭うて色々な品物を持つて來て山の如くに積み重ねる、是で以て供養をやるのである、行者は一錢も費すことなくして尚多くの餘裕を生ずるのである、下等なものになりますると大抵四月頃盛に苦行を行ふが、是れは日本の山伏がやると同じやうに或は火の上を走るとか、或は鐵の串をば舌に刺したり、頬に刺したり腕へ刺したりする、此等の下等な見世物的苦行者の目的とする所は、唯信者の供養を受け金錢財物を得るが爲である、兎に角斯る不思議な事を近來に至るまでやつて居るのである、而して其の方法も精神も共に皆二千年以前のと殆ど變らない、其の反映が面白い、一方に汽車がかかつて居り片方に然う云ふ苦行をやつて居る、之を惡く云へば印度人は畢竟光明の世界を去つて好んで暗黒の世界に就て居るのである、文明の利器が如何程あつても彼等には一切用がない、善くいへば物質的文明の世界を去つて精神的の世界に安住して居るのである、物質的科學の研究は彼等の顧みざる所であつて、昔から主として精神的の宗教、哲學と云ふ部分にのみ其の精力を傾注したが今は唯其の形骸を守るのみである、實に宗教は印度人の生命とする所であつて、人生の最も大切なものとして居るのである、で英人が印度を領するにも直接宗教には一切關係しないことを以て其の方針として居る、印度人には宗教より大切なものはないのであるから、少しでも是に干渉したならば彼等は死に至る迄反抗するか然らざれば皆移轉してしまふ、印度人の移轉は實に簡略なもので、何時何處へでも行くことが出來る、であるからして誠に宗教の事に關係すると始末に負へないことになる、印度人は政治上の事に就てはマルで關係しない、誰が來て王になつても無頓着である、政治上の事などは俗な事である、自分の生命は宗教の中に在りと考へて居る、從つて一方に於ては色々不思議な迷信も生じますし、又色々不都合な事も出來ましたけれども、兎に角精神的の方面に於ては世界に甚だ偉大なる貢獻を爲して居ると云ふことも忘るべからざることであります、是れからは其の最も重なる文學と哲學と宗教との三項に就き少しく印度が世界に於て何れだけの貢獻を爲したかと云ふことをお話しやうと思ひます。
先づ文學の方面からしてお話致しますが、文學の方面におきまして先づ御話しなければならぬのは物語のことである、物語は世界文學の中印度が一番古いのであつて、而して此の物語は印度文學の中の甚だ大切な部分を形作つて居り、是が世界の文學に對し大なる影響を與へたものである、佛教を御存じの御方は大抵知つて居らるるでありませうが、佛教の經文の中に本生經と云ふものがある、是は佛の前世に於て何う云ふものになつて法を説いたかと云ふことを書いたものである、中には或は動物になつたり、或は商人になつて居ることもあり、樣々に體を變へ形を異にして法を説いたことが書いてある、本生經とは印度に昔から物語があつて、日本の勝ち/\山桃太郎のやうな種類のものであつたが、佛は之に因つて其法を説いたもので、古代から人の口に傳はつて來た卑近な物語を佛教的に換骨脱胎したのである、今殘つて居る本生經は隨分澤山あつて、中には非常に面白いものもあり、又詰らぬものもある、又長いのも短いのもありますが、本生經は印度佛教の中に於て一番古いものに屬するのであります、夫から後に五卷書 Pancatratar といふものが出來た、此は南方印度の或國王が自分の子供を教育する爲に、一人のバラモンを頼んで人間の道を教へて呉れと云ふことを任した時に其バラモンが此の書を編纂して教へたと云ふのである、此書の中にも色々な話が書いてあるが全く本生經によつたのである、本生經は佛經的に出來て居るが是はバラモンの書いたものであるから、バラモン主義になつて居る、而して此が世界の文學に於て大變な影響を與へたのである、紀元後五百年頃波斯の王のコスル、ヌシルヴアン(Khosru Nushirvan)と云ふ人が自分の侍醫からして印度には誠に不思議な藥がある、此の藥を飮むと總ての人間
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