初は皷のやうな音がするが、次には海の浪のやうな音、夫れからして雷の響、鐘の聲、貝を吹くやうな音、笛のやうな音となり、終には蜂の鳴くやうな音が聞えると云ひます、夫れから眠るが如く定に入つてしまふのであります、而して此等の事は澤山の人間の見物の眞中でやるのである、愈定に入つて殆ど死人のやうに成つてしまふと、傍の者が下に敷いてある大風呂敷のやうなもので其體を包んで、之を棺桶の中へ入れ地面の下へ埋める、或は又其の儘にして打遣つて置いても宜い、一週間も斯う云ふことをやつて居るのは印度人には決して珍らしくない、がハリダースは四十日間も地中に在つて、何ともないと云ふのであるから、世人からは非常な尊敬を受けたのである、ハリダース自身の話に據れば、彼れは一年間やつても善いと云うて居る、一年間は試みた事はないが四十日間位は確にやつたのであります、一番初めて其の試驗をやりましたのが、西暦千八百二十八年でありまして、ハリダースを知つて居る印度の土人が或地方の裁判所の役人となつて居つた、其の人が非常にハリダースを信仰して居るので、何うか彼の不思議な働きを其地方の兵營の中で試驗して貰ひたいと軍司令官の處へ申出ました、併し英人は今まで實地を知らぬのであるから、若し死んでしまふやうな事があつては迷惑であると思ひ中々許さなかつたが、其の知人は既に實驗して居る事であるから、決して死ぬ氣遣ひはない、何卒嚴重な監督の下で試驗を遣つて貰ひたい、然うすれば世人の信用を博する上に於て非常な利益があるといつて再三願つた、司令官も夫れならば遣つて見たが宜からうと云ふので、終に試驗をやることになりました、其の時は兵營の中庭を擇びまして入定の處となし、無數の見物人の中で其の術を行ふた、ハリダースが定に入つてからは三尺ばかりの深さに掘つた地中に埋めた、のみならず萬一の詐欺を防ぐが爲に、二時間交代の番兵を置き、少しも他人の立寄ることを許さぬことにした、斯の如くにして三日ばかりは無事に經過したが、當時の軍司令官は其時私かに思ふには、自分はハリダースの試驗を許すは許したが、三日までも地下に埋め置き、食物も與へなければ水もやらず、空氣も通はぬ、彼は死ぬに相違ない、兵營の中で斯樣な事をして萬一人を殺しては法律上自分も責任を負はなければならぬ、迷惑であると甚だしく不安の心を生じて、直に掘出しを命じた、併し前の土人は一向差閊ない、當人自分が定から出ると云ふた通り夫れまで打遣つて置いて呉れと頼んだ、けれども何うしても聽かず、遂に三日目に掘り出した、處が其の體は既に冷く成つて死人同樣である、で軍司令官は是れはしまつた、何うしても死んだに相違ないと考へました處へ、ハリダースの弟子が來て色々な術を行つて、不思議にも到頭又生返つた、其の手術といふのは先づ油をハリダースの頭へ灑いで、而して頭を頻りと摩擦した、夫れから眼だの手だの足だの殊に心臟の處を摩擦する、ツマリ熱を發せしむるのであらう、然う云ふやうな工合に遣つて居ると、初め十五分間ばかりは何の異状もなく死人同樣であつたが、夫れから段々と生きて居るやうな兆候が現はれて來て、一時間の後マルで舊の如く生返つて了つた、身體も精神も平常と何等の違ひはなくなつた、印度人は斯う云ふ事をするものがあると、非常に豪い人、聖人であるとして三拜九拜し、神よりも以上のものとして居るのである、兎に角是れが最初の試驗で、夫れから又再三試驗をしたが、最後に前よりは九年ばかりの後、千八百三十七年の歳、最も嚴重な試驗を行ふた。
此時はハリダースが四十日間定に入つたのである、四十日間の入定は是れまで實驗のないことである、此時の塲所は、中央印度のラホールと云ふ都會で、當時此處に回教徒の王マハーラージヤ、ランジツド、シンと云ふ人があつた、此の王に英吉利人の侍醫があつて、王は其の侍醫と共に試驗をしたのである、王は元來回教徒であるから、初めからハリダースを信じない、彼は必ず詐欺を働くに相違ないと考へて居つた、此度實驗致しました處は王の宮殿の内でありまして、王の宮殿には四方に建物があつて中に廣い空地がある、其處へ一の小さな堂のやうな家がある、其中央に四尺ばかりの穴を掘り其の中へ彼れを埋めた、建物の四方には戸があるが、其の三方は悉く漆喰で密閉し、一方だけは入口として開けて置いたが、外から錠を※[#「缶+卩」、167−7]して錠の穴をも漆喰で固め封印を捺した、埋めた棺の上には葢をして、其の葢にも錠を※[#「缶+卩」、167−8]して、前と同じやうに漆喰をし封印を捺した、此如くして堂は四面共に密閉され、堂の中へは光線も空氣も這入らぬやうに成つて居る、夫から初回の時と同じやうに王は二人の番兵をして堂の前後を守衛せしめ、二時間交代で晝夜とも番を爲し、少しも他人の堂に近寄ることの出來ぬやうにして居つたのでありま
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