といたしましては、お母さまさへお許し下さいますのなら、箪笥なぞほしくはございません。私のせめてもの心づくしに、浩造さま方が十勝よりもずつと暖かで地味もよいといふ今度の開墾地を手に入れなされ、他日成功なさりさへすれば本望でございます。ものごとのほんとの意味、ほんとのよいことをお分りになるお母さまには、きつとよろこんでいたゞけるとおもひますので、私、かくさずおしらせいたすことにいたしました。ちよはもう他人の家のもの、それで勝手なことをいたしたとお腹立ちのございませぬやう、大変急なおはなしでしたのでお母さまにお問合せのひまもなく、このやうな大それたこと、ひとりぎめいたし、なにか心さわぎますけれど、どうぞお許しあそばして下さいませ。お母さまからいたゞいたお金でちよが日本の国土をひらくお手伝ひいたしたとおぼしめして、どうぞお叱りにならないで下さいまし。
 浩造さまも、おまきさまも、大そう感謝され、それはそれはご満足なご様子で、二三日うちに雨龍の開墾地にお入りになります。小浪がごいつしよに行くことにきまりました。おまきさまに、なにやかとお頼りもうしてゐましたので心細くなりますし、千鶴ちやんも可愛くなつてまいりましたのに急に淋しくなることでございませう。
 内地はもう青葉でございませうね。いまごろ、お庭のさつきがさかりのころ、あの赤い色や、庭石のたゝずまひ、かうしてゐても目にみえるやうです。北海道はこぶしの花が満開でございます。こちらでは、こぶしのことを四季桜と呼んでをります。桜は五月なかばを過ぎなければ咲かないさうでございます。そのかはり、梅も桃もりんごの花もみんないつしよに咲くのださうでそのみごとさがおもひやられます。
 梅雨になりますと、またお体のお具合お悪くなられはしまいかと案じられます。どうぞおいとひ遊して下さいませ。お兄さまくれぐれもお大切に。
 この手紙のご返事切にお待ち申してをります。
   五月二日[#地から1字上げ]ちよ
  母上さま



底本:「ふるさと文学館 第一巻 【北海道1[#「1」はローマ数字、1−13−21]】」ぎょうせい
   1993(平成5)年7月15日初版発行
底本の親本:「風の街」白都書房
   1946(昭和21)年
初出:「戦時女性 6」
   1944(昭和19)年
入力:鈴木厚司
校正:noriko saito
2007年4月4
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