王越しに吹きくる風の強ければ
雲の早きに心まどひぬ
[#ここで字下げ終わり]
かくして五時四十分東沢分校に到着、山風凉しき階上に、香強き榛の花を賞しながら、山里の珍味に夕餉をすます。
夜一時間あまり和田校長の平泉郷土史の講話を[#「講話を」は底本では「講和を」]仰ぐ、われらの旅は、あくまでも旅なり、あくまでも旅行研究なり、一行緊張せること流石は専攻科たる所以なるべきか。
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茲にても我等を迎ふる人のあり
旅の暮れなり懐かしきかも
ひな乙女等のかざりし室の榛の香の
強く泌みけり山里の暮
疲れたる身に泌々と真白なる
花の香の胸うちにけり
胸うちし真白き花よ榛の名花よ
ひな乙女なる香の放つなる
知らぬ地の窓辺近くにオルガンを
ひけば心もすみ渡りけり
遙々とわが家はなれし山里に
ふく山風のさみしかりけり
[#ここで字下げ終わり]
かくして九時半「世之助伍長」の軍隊式号令にて就寝。
風強し、心不安、また不安、雨落つ、ますます不安、夢は故郷か、旅先か、父母兄弟、また妻を子も案ぜらる人もあるに違いない。
また旅の先ざきに胸さわぐあこがれをまどろむ人もあるだろう。
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さみだれの降り残してや光堂
夏草やつはもの共が夢の跡
[#ここで字下げ終わり]
ああそうだ待っている。まっている。夢の文化が待っている。緑につつまれた伽藍も待っている。美しかった人びとの夢、寂しかった人びとの夢が夏草と一しょにわれらを迎えているのだ。
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すめらぎのみ代栄えんと東なる
みちのく山に黄金花咲く
[#ここで字下げ終わり]
こう万葉詩人大伴家持は詠んでいる。われらを待つみちのくの夢は寂しく、静かであるが、われらの結ぶ夢のいかばかり躍動していることか。
おおさらば羽陽の人びとよ。風強ければ、火の用心怠りなく、さらば。
[#地から2字上げ](第一信 新山分校にて)
四
六月一日
朝五時出発。
低くおしよせた雲が雨をまいていった。旅で雨に遇うほど淋しいものはないのに、われわれもとうとうその淋しさに遇わなければならない。
「俺あ雨にあう気できたんだから……行こうや」
和田校長が太い声でこう言ってみんなを元気づけた。
まず新山校に別れを告げて、坂道にかかった。ここの家並みは昔の宿
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