未婚の婦人は二人。……ガイタンヌ・ド・グウマンヴィル嬢《さん》、スュジイ・リセット嬢。……最初のほうは「|ある職業《クウルチザンヌ》」で、リセット嬢のほうは、オデオン座の女優です。一年以前からさる劇作家と同棲していられる筈です」
「すると、巴里市内ではないようです。地方のほうをどうぞ」
「未婚の婦人は二人。……ジャンヌ・バレスキ嬢、マルセイユ市メエラン街。……ミッシュリーヌ・ド・サンジャン嬢、サン・ラファエル町……」
(サン・ラファエル!)
 クンケルは名簿箱の上にかがみ込みながら、
「では、外国の部をやります」
 竜太郎は、大きな声で叫んだ。
「もう、お探し下さらなくとも結構です。たしかに、サン・ラファエルのミッシュリーヌというのが、それです」
 クンケルは頭をふって、
「ミッシュリーヌ嬢のほうは、私が知っていますが、ブロンドではありません。鳶色《プリユンタ》です」
 と、いって、何を思いついたのか、眉に皺をよせて、
「……ひょっとすると……」
「ひょっとすると?」
「……それは、エルマンスではなかったでしょうか」
「それは?」
「エルマンスというのは、私どもの店のマネキンですが、毎年、『季節《セエゾン》』になりますと、沢山に外套やケープを持たせて、キャンヌやモンテ・カルロへやります。新流行《ア・ラ・モード》の品物を身体につけて遊歩道《プロムナアド》をブラブラ歩くのがエルマンスの仕事なのです」
 竜太郎は、思わず卓の上に乗り出した。
「そのひとは、ブロンドですか」
「さよう。美しいブロンドです」
「美しい娘さんですか」
「私共では、いちばん美しい娘です。年齢は今年二十歳。……まだ独身です。愛人がいるという話もききませんから、どちらかと言えば、気立はいい方なのですが、何しろ、気まぐれで……」
「その娘さんは……」
「昨日、南仏から帰ってまいりました。奥に居りますが、なんなら……」
(あの夜の少女は、気紛れなマネキン!……)
 竜太郎は、激情をおさえるために、眼を閉じた。
(たとえ、なんであろうと!)
 ささやくような声で、いった。
「どうぞ、そのひとを、ここへ」
 クンケルは、電話で何か命じた。……
 間もなく、扉《ドア》を叩く音がする。竜太郎は椅子から飛び上った。
 扉が開いて、軽々とした足音がこちらへ近ずいて来る。竜太郎は、どうしても眼を開けてそちらを見ることが
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