を描いた六角の彩燈が投げ出してある。
段々進んで行くと、これで最後かと思われる手広い部屋があって、壁に「蘊藉詩情水雪椀《おんしゃしじょうすいせつのわん》、高間画本水雲郷《こうかんのがほんすいうんのきょう》」と書いた聯が二つ懸かっている。
源内先生は、うッそりと聯の文字を読んでいたが、何気なくヒョイと闇溜《やみだまり》になった部屋の隅の方へ眼をやると、何か余程怖いものを見たとみえ、日頃そう狼狽《うろた》えたところを見せない源内先生が、
「おッ、これは!」
と叫んで、三、四歩入口の方へ逃出した。
葬儀でもした後と見え、祭壇をこしらえた一段高いところに作付《つくりつ》けの燭台に蝋燭が燃え残り、床の上には棺に供えた団子《トワンツー》や供養の金箔紙《ターキン》、白蓮花《びゃくれんげ》の仏花などが落ち散って無残に踏躪《ふみにじ》られている。
祭壇から三間程離れた部屋の隅に一脚の竹倚《チョイ》が置いてあって、その上に一人の男が朱房のついた匕首《あいくち》をの[#「の」に傍点]深く背中に突立てられたまま胸の上にがッくりと頭を落している。
唐館の中は夏でも膚寒いほどの涼しさだが、殺されてから余程時日が経つと見え、肉はすッかり腐り切って、触ったらズルズルと崩れ落ちそう。左側の鬢《びん》の毛が顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》から離れて皮膚をつけたまま髷《まげ》もろとも右の横顔へベッタリと蔽いかぶさっている。
源内先生は、入口に近いところで中腰になったまま、怯々《おずおず》とこの物凄い光景を眺めていたが、間もなく何時ものような落付いた顔付になり、ノソノソと死骸の方へ戻って来て、
「案の定だッた。江戸でお鳥の殺されたのが七月の十五日。……津国屋の主人《おやじ》から利七が同じ七月の十五日に手紙で誘い出されたまま帰って来ないということを聞いた時、利七はもうこの世のものでなかろうと予察したが、矢張りおれが見込んだ通りだった。……どうも、気の毒なことをした。こんな破寺《やれでら》のようなところで、こんな姿態《ざま》で殺されたんでは利七だって浮ばれない。……おれがやって来なかったら、この先、幾年こんな惨めな恰好で放ッて置かれるか知れたもんじゃない。これも矢ッ張り縁のある証拠。……南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。町人にしては濶達ないい気性の男だッたが、惜しい男を死なせてしま
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