を取出し、
「……象の右の前脚に入ったのは、美濃清で、左脚が植木屋の植亀《うえかめ》。……後脚の右が麹町十三丁目の両換屋、佐渡屋の忰《せがれ》の定太郎《さだたろう》。……同じく後脚の左が、箪笥町《たんすまち》の担呉服《かつぎごふく》、瀬田屋藤助《せたやとうすけ》この四人。……なア、目ッ吉、仮に、象を背負《しょ》って歩きながら里春を殺るとしたら、どいつがいちばん歩《ぶ》がいいと思う」
「……象の脚の下から担いで行く四人の脚が見えているんだから、槍か何かで突くとしても、まず、前脚の二人は覚束《おぼつか》ない。こういう芸当が出来るとすれば、後脚の右へはいった佐渡屋の定太郎と、左へはいった瀬田屋藤助」
「尻馬に乗るわけじゃないが、俺の見込みも、大体、その辺だ」
 番所までは、そこからほんのひと跨《また》ぎ。
 入口の土間の床几に、町内の世話役らしい年配が二人。麻上下の膝へ花笠をひきつけて気遣《きづか》わしそうな顔つきで控えている。
 伝兵衛が入って来たのを見ると、もろともに起ちあがって、
「土州屋さん、年に一度の祭に、こんなくだらねえ騒ぎを仕出かして、面目次第もありません」
「何といったって、ひと一人死んだことだから、穏便というわけにも行きますまいが、そこを、ひとつ、何とか手心を……」
 伝兵衛は、頷いて、
「あっしにしたって、何も出ない埃まで叩き出そうというんじゃない。こういうときには針ほどのことにも尾鰭《おひれ》がつくもんだから、出来るだけ内輪にやる気じゃアいるんですが……」
「あなたがそう仰言ってくださると麹町十三丁がホッと息をつきます。どうか、なにぶん……」
「……それで、あなた方が町会所へお寄りになったということを聞きましたから、まア、何といいますか、四人の身性《みじょう》について、引ッ手繰《たぐ》られるお手数だけでも省けるようにと思いまして、倖《さいわ》い、四人のことなら、たいがいわれわれ二人が一伍一什《いちぶしじゅう》存じておりますから、知っておりますだけのことは逐一申上げるつもりで薬鑵《やかん》を二つ並べてここでお待ちしていたようなわけで……」
 伝兵衛は、ちょっと手を下げて、
「それは、どうも有難うございました。こちからお願い申さなければならないところを」
 磨き檜《ひのき》の板壁に朱房《しゅぶさ》の十手がズラリと掛かっている。その下へ座蒲団を敷いて、さて
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