》のついた黒のモヘアのストール、パンプスの靴とナイロンの靴下が入っていた。
「つまり、これは宇野久美子がアパートを出るときに着ていたものなんだな」
「そうです。管理人の細君が確認しました」
「豊橋駅はどうだった」
「木谷刑事をやりましたが、ちょっと奇妙なことがありました。駅の広報係が、その汽車に乗り遅れたから、待たずに、先に行ってくれと、東洋放送の宇野久美子宛のアナウンスを依頼された。その女は、ナイロンのジャンパーに紺のスラックスを穿き、ベレエをかぶって、絵具箱を肩にかけていたというんです」
「なんだ、それは宇野久美子自身じゃないか。どういうことなんだろう」
「さあ、どういうことなんでしょう……変った聞込みが二つありました」
「どうぞ」
「宇野久美子のジャンパーのポケットに、ブロムラール系の催眠剤が入っていたといわれましたが、三年前、大池忠平の前の細君が、ブロムラール系の催眠剤の誤用で死んでいます」
「どこで聞きこんだ?」
「大池忠平の身元調書に、細君が中毒死したという記載がありましたので、主治医を探して聞きだしました……もうひとつは、これも二年前の秋、声優グループの仲《なか》数枝とい
前へ 次へ
全106ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング