たった声で投げだすようにいった。
「あのプリムスは、大池忠平が東京を逃げだすとき、乗って行ったやつだったんで、ちょっと、ひっかかった。ちくしょう、味なことをしやがる」
 丸山捜査主任は渋い顔でうなずいた。
「それは、あの女が言ってましたね……ロッジで逢ったのは、顔写真の男とはちがうようだって……あれは正直な発言だったんですな……皮肉な女だ。てんで舐めてかかっている。あれはマレモノだよ」
「うまく遊ばれたらしいね」
 畑中刑事が捜査一課にたずねた。
「部屋長さん、二人をひっぱっちゃいけないんですか。あんなことをしておくと、なにかはじまりそうな気がするんですが」
「どういう名目でひっぱるんだ? ひっぱったって留めておくことはできないぜ……兄が自殺するというので、おどろいて飛んできた、なんていうだろうし……弟のほうには、いまのところ、共犯だという事実はなにもあがっていない」
「じゃ、女のほうだけでも」
「だめだろうね……相当、こっぴどくやったつもりだが、洒々《しゃあしゃあ》としていた……それゃ、そうだろう。大池の弟とツルンでロッジに泊りこんだって、とがめられることはないはずだから」
 そうい
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