ら消えてしまう。この演出は成功するだろうという確信があった。

 久美子は和歌山までの切符を買って、二十一時五十分の大阪行に乗った。
 網棚へ小道具の入ったスーツ・ケースを載せると、灰銀のフラノのワンピースに緋裏のついた黒のモヘアのストールという、どこかのファッション・モデルのような恰好で車室を流して歩き、知った顔がないかと物色していたが、三つ目の車でロケハンにでも行くらしい楠田という助監督の一行を見つけた。
「楠田さん」
「おお、お久美さんじゃないか。すかっとした恰好で、どこへ行く」
「郷里へ帰るの、和歌山へ……親孝行をしに」
「なんだかわかったもんじゃないな。キョロキョロして、誰をさがしているんだ」
「誰か乗っていないかと思ってさがしていたの」
「こんなお粗末なのでよかったら、つきあっていただきましょう。掛けなさいよ」
 宇野久美子はどうなったというような騒ぎになると、この連中は、五月二十日の夜の九時五十分の大阪行の準急に久美子が乗っていたと証言してくれるだろう。これで用は足りた。
「ありがとう。ここもいっぱいね。またあとで話しにくるわ」
 さっきの座席に戻ると、話しかけられるのを
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