いた大池忠平の顔には、生活の悪さからくる陰鬱な調子がついていたが、写真の顔はどこといって一点、翳りのない明るい福々とした顔をしている。額の禿げかたもちがう。プリムスのひとの額は、面擦《めんずれ》のように両鬢《りょうびん》の隅が禿げあがっていたが、写真のほうは、額の真甲《まっこう》から脳天へ薄くなっている。額のほうはいいとしても、首のつきかたも肩の張り方も、ここがこうと指摘できるほど、はっきりとちがうが、それを言いだせば、またむずかしくひっかかってくる。
久美子は浮かない顔で考えこんでいたが、どうしたって真実を告げずにすますわけにはいかないので、思いきっていった。
「確認するもしないも、写真のひとが大池忠平にまちがいないのなら、ロッジにいたのは、確実にべつなキャラクターだわ」
主任は眉をひそめて、背筋をたてた。
「大池じゃないって?」
「よく似ているけど、はっきりとちがうのよ」
そうして、異なる印象のニュアンスを、できるだけくわしく説明した。
主任は薄眼になって聞いていたが、やりきれないといったようすで、クスクス笑いだした。
「さすが、芸術家の観察はちがったもんだね。お話は伺った
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